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カウンセリングの神様カール・ロジャーズの真実

 

カール・ロジャースとは何者か?

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日本グリーフ専門士協会の井手敏郎です。

カウンセリングの神様とも称されるのがカール・ロジャースです。

フロイト、ユングと比べて、ロジャースという名前を多くの人は知らないでしょう。ほとんど専門家向けの本を記してきたカール・ロジャースを一躍有名にしたのが『人が”ひと”になるということ』という著書です。

クライアント中心療法を創始し、エンカウンターグループを広めたのがロジャースですがロジャースのテーマを一言でいえば「自分が自分になっていく」ということでした。

しかしカウンセリング界のスーパースターと言える彼の人生はけして順風満帆なものではありませんでした。

厳格な両親とキリスト教

キリスト教プロテスタントの厳格な両親の元で育てられ、友達と交流することも十分ではない幼少時代を過ごしています。

「われわれはみな汚れた人のようになり、われわれの正しいおこないは、ことごとく汚れた布のようである」(イザヤ書 日本聖書協会訳)

どんなに努力しても罪深い存在に変わりはない……。

それは、この信条のもと生きてきた両親が幼少期のロジャースに刻み込んだ感覚でした。ロジャースはこの言葉が長年自分の心に「突き刺さっていた」と語っています。

彼のテーマであった「自分が自分になっていく」ことは、彼自身がかかえてた心の奥の呪縛から解放されるプロセスだったのです。

農業から神学へ

農業を志したロジャースは、1912年ウィスコンシン大学に入学し、ある大学教授と出会いをします。彼はそこでこれまでとはまったく違う新しいリーダーの形を知ったのです。

いわゆるトップがすべてを決めるのではなく、すべてを仲間に任せ、何をするかを自分たちが決め、自分たちで組織を動かしていくという形でした。

その教育スタイルに大きな影響を受けたロジャースは、徐々に自分の精神的な関心が農業ではなく宗教に向いていることに気がつきます。

「僕はもっと神の近くで生きて生きたい。神との対話に多くの時間と労力を捧げたいんだ」と当時の日記に書き記しています。

宗教的な活動にも力をいれるようになった彼は福音主義運動の誠実なリーダーと出会い、その宗教観はさらに変化していきます。

かつて家族の中で教わった保守的で厳格なキリスト教ではなく、もっと情熱的で人間的なキリスト教への変化でした。キリスト教とは何か……。様々な出会いの中で、彼のキリスト教観はさらに自由なものになっていきました。

ロジャースの大学の学長は、自ら考える力を大事にしてくれた人でした。積極的に自ら発した疑問と向き合うようになったロジャースは共に学び会う仲間にも大きな影響を受け、創造的な新たな自分を作っていったのです。

神学から心理学へ

牧師を目指していたロジャースでしたが、大学での経験から、ある職業にとどまるために特定の信条を持ち続けなければならないことに疑問を感じるようになります。

のちに彼は当時の気持ちを「身の毛のよだつ思いがした」とまで言っています。

キリスト教に背を向けた彼は再び近づくことはありませんでした。

私もかつて僧侶を志したことがあります。しかし様々な信仰の方や立場の方と交わる中で、教義への疑問、そして自分の本当に知りたいことやしたいことが立場によって制限される苦悩も大きなものでした。志を大きくもとうとするほど、多くの方に広く門戸を開こうとするほど、自分を制約するものから距離を置きたくなる気持ちもよくわかります。

しかしそれはロジャースが宗教の意味を否定したり、誰かに対する個人的な批判があるという意味ではなかったと思います。のちに彼自身がスピリチュアルな方向へ進んでいくことからもそれはわかります。私自身、キリスト教、仏教、その他の宗教を大事に考えています。そこに身を置く人の気持ちもわかるつもりです。

それだけに長い時間の中で育まれた宗教観を捨てることは本当に大きな決断だと思うのです。ましてや指導的な立場を目指したのではあれば、その大きな影響や批判もあったに違いありません。

自分の信念が変わったとはいえ、尊敬できる人やお世話になった人もいるでしょう。キリスト教として生きる中で出会った人たちとの別れはまさに断腸の想いだったと思います。神への冒涜であり、裏切り行為だと罵られたこともあったはずです。

ロジャースのこれまでの人生を否定するかのような心の痛みを支えたのは、志への確信と新しい道への探究心だったと思います。

そして新しい仲間との出会いもどれほど力になったことでしょう。キリスト教との出会いは、彼にとって本当に大きな意味があったに違いありません。

実際、青年時代に真摯にキリスト教に救いを求め、人間イエスの高潔さに打たれていた彼の歴史なしにロジャースの代表的な概念である「無条件の受容」は生まれなかったといわれます。

ロジャースは牧師への道を断念し、コロンビア大学の教育学部に進み、心理学者への階段を登っていくようになりました。

心理に進むようになったロジャースはフロイト派の精神分析を中心に臨床家としての基本をマスターします。

ロジャースとアドラーの出会い

そんな彼がのちに高く評価することになるアルフレッド・アドラーと出会ったのはロジャース25歳のときでした。

「研究所のかなり厳格なフロイト派のアプローチに慣れていたので-病歴は74ページに及び、子どもを『治療する』ことを考えるよりも先に一群の包括的なテストをしなければならなかった-私はアドラー博士の、子どもとじかに関わる、非常に直接的でだまされたと思うほどシンプルなやり方にショックを受けた。私がアドラー博士からどれほど多くのことを学んだかを認識するまでにはしばらく時間がかかった」(『アドラーの生涯』エドワード・ホフマン著・岸見一郎訳)

ロジャースと医学の戦い

ロジャースの全盛期は、彼が過ごしたシカゴ大学時代といわれます。

臨床家として活動しながら理論研究を続けました。そんな中でロジャースは大きな岐路に立たされます。彼の開いたカウンセリングセンターは、学生や地域の人たちにとって重要な拠点となっていきます。

しかしロジャースはカウンセリングセンターで自分の立場を「所長」と名乗りませんでした。自分のカウンセリングの姿勢だけでなくセンターの運営においても権威的で強い上下関係をできるだけ排除することを考えたのです。

ロジャースはあくまで周囲の人と横に並ぶ関係の中で自分らしく進んでいけることと考え、その考えを実践し、証明しようとしたのでしょう。理論と実践こそロジャースの魅力であり、多くの人たちが彼のもとに集まった理由かもしれません。

そんな中で、大きな出来事が起こります。ある医学部の教授から彼のカウンセリングは「医師免許をもたない人間が医療行為を行うようなものだ」との批判でした。ロジャースはあらゆる根拠をもちいて争い、心理療法は医療行為か否かという戦いに勝利します。この争いは臨床心理の地位向上に大きな影響を与えました。

クライアント中心療法(のちの人間中心療法)のロジャースのイメージからは想像しにくい屈強さももっていたことを垣間見ることができます。穏やかさの中にも信念を貫く姿勢は、カウンセリングを志すものがもっておきたい信念ではないでしょうか。

この時期、ロジャースは相手の言葉を「繰り返す」といった日本におけて重要とされているロジャース派の技法の説明をしなくなりました。その代わり相手の世界を「尊重し」「理解し」「受容する」という態度こと大切であることを強調するようになり、クライアント中心療法を明確に打ち出していったのです。

ロジャースとインポテンツ

精神医学との対立の中で神経をすり減らし、研究や学生の指導や臨床活動で多忙を極めていたこの時期、ロジャースが中年の危機に陥ります。

インポテンツになったという話です。きっかけはある女性クライアントとの関わりからでした。また、すでに著名だった彼がクライアントに対して、誠実な援助を続けられないと感じて逃げたしたというエピソードも残っています。

カウンセリング業界において神と崇められる存在にもそんな一面があったことは、多くの人にとって不完全な自分であってもいいのだと勇気づけられるものかもしれません。まさに人間カール・ロジャースの一面を見ることができる貴重なエピソードですね。

今回、ロジャースの人生を追いかけながら、自分の人生を振り返るような感覚になりました。

教義を信じ続けることへの疑問。仏門の断念。その後の心理学の探求。その後、心理に進んだ経緯やアドラー(心理学)との出会い。私が入学したカリフォルニア臨床心理大学院はかつてカール・ロジャースが教鞭をとっていたところというのも特別な縁を感じます。

ロジャースと人生の変遷や思いが、私自身のこれまでの人生とあまりにかぶるところが多く、大変な衝撃を受けました。心理の世界への探求はまだ始まったばかりで、中年の危機はこれからかもしれませんが(笑)

その後、彼がどうなったのか。次回の記事に譲りたいと思います。

参考『カール・ロジャース入門自分が”自分”になるということ』(諸富祥彦著)

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井手 敏郎(いで としろう)

井手 敏郎(いで としろう)

日本グリーフ専門士協会の代表理事。 全国各地で現場で使える実践的なグリーフケアの技術を教える講義を行っている。 アドラー心理学やユングの分析心理学、フロイトの精神分析などの他、国内外のコーチング、カウンセリングやヒプノセラピーなどについても学んでいる。現在はカルフォルニア臨床心理大学院で臨床心理の研究を行う。

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