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日本グリーフ専門士協会 ブログ

カウンセリングと心理療法の違い

クライアント中心療法が生まれた日

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日本グリーフ専門士協会の井手敏郞です。

前回はカール・ロジャースが心理学へ向かった経緯を書きました。

少し前後しますが、1940年、ロジャース38歳のとき、ミネソタ大学に乗り込み、心理療法の新しい諸概念と題し講演をします。それは、セラピストは説得したり、アドバイスを与えないほうがいいという批判的な内容でした。

心理テストや指示的なアプローチの代表格であった教授とその生徒たちが聞く中だったため、教授の激怒をかうことになります。

同時に多くの熱狂的な指示もあったようです。ロジャースの手法のイメージからずいぶん違う印象をもちましたが、勝負どころではとても大胆な行動を示したいたことがわかります。革命を起こすということはこういうリスクが伴うのかもしれません。

ロジャースは、その日を境に、自身の関わりを「クライアント中心療法」と呼びました。彼は当時、心理テストで診断を行い、アドバイスを行う方法を「カウンセラー中心療法」と呼んでいました。

結婚や職業選択といった大きな課題に直面する相手に適切な指示をするためには超人的な能力がいるどころか、相手に抵抗や依存を生み出してしまう。それは自分で問題を解決する力を奪ってしまうことだと考えました。

クライアント中心療法とすることで、あくまで意思決定するのはクライアント自身であることを強調したのです。

カウンセリングと心理療法の違い

当時、精神疾患をもっている方が受けるものが心理療法(サイコセラピー)で、精神疾患をもっていない方が受けるものをカウンセリングと呼んでいました。ロジャースは臨床経験から、クライアントの深い背景がわかるほど両者の区別は簡単にできないという思いから、カウンセリングと心理療法の区別をなくすべきだと考えます。

ロジャースがこのように考えていたとはまったく知らなかったのですが、僕自身、心理療法とカウンセリングと分けることに疑問に思っていました。誤解をおそれずに言えば、見方によってすべての人が健全といえ、見方によってすべての人に病理があるといえると思っていたからです。

彼の考えは、アドバイスを行う従来型の指示的なカウンセリングに対して、非指示的カウンセリング(療法)という表現でも広がっていきます。

その方法は以下に3つの段階がありました。

表現の解放

「ええ」「はい」といった言葉で簡単な受容を示したり、「つらい」「苦しい」といった感情的な言葉を繰り返す感情の反射のこと

洞察の達成

クライアント自身が自分の感情や周囲の状況をはっきり認識できるようになることで、自分の気持ちと状況の関わりがわかってくること

洞察から生まれる肯定的な行動

クライアントが自分の感情と行動の関係に気づき、今後の行動に肯定的な変化が生まれること

すべてが彼の独創ではありませんでしたが、心理テストをもちいた分析的な従来アプローチに対して、あらたな理論を打ち出していったのです。本の中でカウンセリングの逐語録の公開もこれまで誰もしたことがなかった画期的なことでした。当時は簡単に録音する機材がなかったため、50時間のカウンセリングはレコードが800枚に及んだといいます。

クライアントから逃げ出した話

そんな活躍の裏で、大学では他の教授から妬まれることもありました。またクライアントから逃げ出すという出来事があったのです。

ロジャース47歳から49歳のとき、統合失調症の女性から面会希望がありました。ところが彼女をどうしても好きになれず、ときに強く混乱をしたり、強く愛情を求めてくることやときおり見せる敵意に自分を失いそうになったといいます。

この関係に治療的な意味を失っていると感じながらも、中断することもリファー(紹介)することもできないまま、援助をつづけなければならないという苦悩を抱えていたのです。

やがてロジャースは妻ヘレンに対し、「今すぐ逃げ出さなければならない」といって、仕事を放り出し、実際に3ヶ月家を留守します。

「私はまだセラピストとして不十分な状態にあり、人間としても値打ちがないし、心理学者として、あるいはサイコセラピストとして、もうやっていけないのではないかと感じていました」

この発言からもロジャースがまさに中年の危機に追い込まれたことがわかります。

ロジャースは幼い時から厳格な両親に「良い子」であることを求められ続けました。頑張り続けることが苦境を克服する唯一の道と両親に教えられた彼は、弱さを出すことができなかったのかもしれません。

カウンセリングの劇的な変化

そんな中で妻の献身的な援助とロジャースのスタッフの一人、オリバー・ボウンがロジャースへのセラピーを申し出てくれたことも多いに救いになりました。

「家を離れる前、私はスタッフの一人からセラピィを受けていました。けれど、逃避行か戻った時私は、自分の問題が深刻であることを知っていましたから、スタッフに援助を求めることは恐ろしいように思いました。私はグループの人にたいへん感謝しています。彼は、私が深い問題にぶつかっているのは明らかだし、だからといって自分や自分の問題を恐れることはない、よければセラピィ関係を持ってもいいと、申し出てくれたのです。やけくそになっていた私はこの申し出を受け入れました。そして次第に、自分を価値ある人間、自分を好きな人間だと思えるところまで回復していったのです。以前に比べて、人に愛を注いだり、愛を受けたりするのをあまり恐れなくなりました。クライエントとのセラピィも、その時から一貫して自由になり、自然になっていきました」

もしロジャースが周囲に対して、強い権威的な関係をもっていたら、このような申し出はなかったかもしれません。よいカウンセリングはセラピストとクライアントの協力的な関係があって成立します。やけくそとはいえ、これまで横の関係を大事にしてきたからこそ彼自身、この申し出に応えたのだと感じます。この経験からロジャースは自分の弱さを認め、より自身を受け入れていけるようになったといいます。

実際に彼のカウンセリングは、それ以降、これまでにないほど良いものになったと本人が語っています。

アルフレッド・アドラーの影響

ここに至って、前回紹介した内容を思い出しました。

「研究所のかなり厳格なフロイト派のアプローチに慣れていたので-病歴は74ページに及び、子どもを『治療する』ことを考えるよりも先に一群の包括的なテストをしなければならなかった-私はアドラー博士の、子どもとじかに関わる、非常に直接的でだまされたと思うほどシンプルなやり方にショックを受けた。私がアドラー博士からどれほど多くのことを学んだかを認識するまでにはしばらく時間がかかった」(『アドラーの生涯』エドワード・ホフマン著・岸見一郎訳)

しばらく時間がかかったという「時間」がどれほどだったかを正確に知ることはできません。しかしロジャースの生涯を辿るとあらためて20代の時に出会ったアルフレッド・アドラーの影響の大きさを感じるのです。

従来型の心理分析を用いず、子供にも対等に関わる直接的なアドラーのアプローチに触れたロジャースは、当時はなかなか受け入れることができなかったそうですが、中年期に到り、彼自身の深い体験と確信のもと、実践する姿を見ることができます。

これは今後の記事に譲る内容ですが、ロジャースは晩年、妻以外の複数の女性と性的な関係をもっていたと言われます。このようなことを話すと嫌悪感を示す人もいるかもしれません。カウンセラーが自己開示していいのかという反発の声もあるでしょう。

私はセッションの中ではないとはいえ、ここまで赤裸々に綴られた文章を読むことで、むしろロジャースに親近感を覚えました。また人間として苦しみながら教えていた事実にますます敬意を感じます。

カウンセリングの神様は限りなく人間的な人物であり、彼のカウンセリングはまさに自分が自分になっていく過程の中で獲得したものであることが知らされます。

参考:諸富祥彦『カール・ロジャーズ入門 自分が“自分”になるということ』

日本グリーフ専門士協会 井手敏郞

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井手 敏郎(いで としろう)

井手 敏郎(いで としろう)

日本グリーフ専門士協会の代表理事。 全国各地で現場で使える実践的なグリーフケアの技術を教える講義を行っている。 アドラー心理学やユングの分析心理学、フロイトの精神分析などの他、国内外のコーチング、カウンセリングやヒプノセラピーなどについても学んでいる。現在はカルフォルニア臨床心理大学院で臨床心理の研究を行う。

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