こんにちは。
日本グリーフ専門士協会の井手敏郎です。

悲嘆の旅(グリーフジャーニー)の終わりはどこにあるのでしょうか。
支える人はどこまで関わればいいのかと問われたら、
あなたはどう考えるでしょうか。

ある訪問看護ステーションでは、
利用者の葬儀に参列することは難しいため、
原則、参列しないことになっているといいます。

利用者のご家族が、
あれだけ訪問看護を使ったのになぜ来てくれないのか、
という不満をもらしたのはいうまでもありません。

グリーフケアはお元気なときのかかわりの後、
接することが求められる分野です。

一方で、線香をあげたことをもって、
「グリーフケアを終えた」
という発言を聞いたことがあります。

まずお伝えしたいのは、
グリーフケアは足を運んだ、
あるいは運ばないといった
決まった形ではないということです。

グリーフケアにもさまざまな考えがあり、
どれかが正しい、あるいは間違いということはないと思います。

それだけに、グリーフケアの最終目的を明示するのは難しいかもしれません。
実際一人一人が求めているものが異なっているからです。

ある女性は子供を失ったつらい現実を忘れたいと語り、
別の女性は子供を忘れず、(亡くなった)あの子と一緒に生きていきたいと話しました。
また一人の男性からは、生活が元に戻らなければ意味がないといわれたことがあります。

どのような形が望ましいのかは、
悲嘆を抱えた方がご自身で決める問題だと感じます。

その意味で何をもって終わりなのかという問いは不毛かもしれません。

それでも私たちにできることがあるとすれば、
故人を忘れようが忘れまいが、
その人らしく生きられるようにサポートすることだと思います。

哀しみの旅が始まったとき、
この哀しみに終わりがあるのだろうかと悩まれる方もいるでしょう。
大切な人の死とともに自分の人生が終わったと感じたかもしれません。
生きる意味を見失い、死ぬことだけを考えている時期もあったはずです。

そんな苦しい時期もほんの少しずつですが、変化をしていきます。
止まったり、ときには戻ったりしながら、
やがて愛する人の死を受け入れるようになっていきます。

喪失を抱えたまま生きていこう。
新しいアイデンティティに目覚めた。
これから新しい自分の人生を生きていく。

それらを決めるのは他人ではなく自分です。

支援の形は様々ですが、私たちは、クライアントが、
自分らしく生きられるようになるところまで応援を続ける。
哀しみはなくなりませんが、
哀しみにとらわれずに生きられる日は必ずやってきます。

少なくても私たちは、
それを願いながら関わり続けたいと思います。

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井手 敏郎(いで としろう)

井手 敏郎(いで としろう)

一般社団法人日本グリーフ専門士協会の代表理事。看護師、介護士、ケアマネジャーへの講演をはじめ、死別などによる悲嘆(グリーフ)を抱えた方の支援者を養成している。悲嘆支援の担い手であるグリーフ専門士・ペットロス専門士は国内外に約500人にのぼる。日本、アメリカ、ドイツでグリーフケア、カウンセリング、コーチングを追求。より実践的なグリーフケアを目指し、アドラー心理学、ゲシュタルト療法、ヒプノセラピーを統合した学びを提供している。現在はカルフォルニア臨床心理大学院で臨床心理を探めながら、精神科クリニックや上野駅前サロン「CROSSROAD」で毎週、遺族へのグループカウンセリングも行っている。