日本グリーフ専門協会の前川美幸です。
余命宣告を受け、死を真近に感じた本人が対峙する心理について、当協会が独自にまとめたものを紹介する第2回目です。
1)肉体の苦痛に対する恐怖、2)寂しさと孤独に対する恐怖、3)尊厳と迷惑に対する恐怖、4)やり残したことに対する不安、5)罪意識や来世に対する不安、の5つに私達は、余命宣告を受けた方の心理を大別しています。
恐怖とはおそれる対象が比較的ハッキリとしている心境を指し、不安は漠然としたものに対する心理であると言われます。肉体の苦痛や孤独、尊厳や迷惑に関することは比較的、どんなものであるかを想像しやすく、また多くの人にとっての共通項も見られるものです。
やり残したことや、罪意識に関わること、来世に対する想いなどは人によって個人差が大きく、死が身近に感じられない時には考える機会もあまりないため、様々な不安が後を絶ちません。
本人も何が不安なのか、どこをどうすれば安心できるのか、自分でもわからず悶々としてしまいがちです。ゆっくりと自分の心に向き合い、自分自身や人生についてふりかえる機会を持てるよう、まずは本音を話せる信頼関係を築くことが大切です。
では順番に続きをみていきましょう。
4)やり残したことに対する不安
やり残しは、仕事の目標以外にも、ライフワーク、人生の課題なども含みます。家族のイベントとしてどうしても参加したい、あるいは親として見届けたいこと、会いたかった人、行きたかった場所、せめて元気なうちにもう一度したいと願う事柄について、率直に話せる場と雰囲気作りが大切です。
そのようなニーズの洗い出しは、『何がしたいですか?』の直接的な問いかけよりも、生まれてからこれまでの人生を振り返る中で、自然と湧き出てくることが往々にしてあります。
患者としての人生を余儀なくされてきたその人自身が、自分なりの自己物語を完成させるには「聞き手」が必要です。その役割を担う心構えも含め、全スタッフが本人の人生観を理解できるよう、記録の共有を図るなどの工夫も必要でしょう。これまでの人生を他者から肯定的に受けとめられることで、本人自身が人生を再評価することができ、それが人生における後悔を減らしたり癒す効果をもたらします。
5)罪意識や来世に対する不安
患者さんからの問いかけでどう答えたら良いか分からず困惑するものに、「死んだらどこに行くのでしょうか?」があります。誰しも死を実体験したことはないのですから、その質問に答える十分なエビデンスを自らの経験値の中に持ち合わせていません。ですから、何らかの宗教的あるいは哲学的知見をもって応対しなければならないと感じ、悩んでいる援助者が多いようです。
しかし、そのような問いかけにおいて、質問者が望んでいることは、実は、死後の世界に対する疑問ではないことがほとんどです。患者さんは、私たちが医療・介護・福祉に関する専門職であり、宗教家ではない現実を、十分わきまえておられます。
私は、死後についての話題を患者さんが持ち出される際に、その「本当に話したいテーマ」が、「これまで生きてきた中で背負ってきた罪について」であることを体感してきました。「誰にも明かせなかった過去の過ちを吐露して、楽になりたい」、そのような切望は少なからず誰の胸中にも存在します。何ひとつ罪を犯さずに清廉潔白に生き抜くことが、とても難しいのが人生だからです。
法律において罰せられなくても、本人の心情として、生あるうちに罪を償っておきたいと思う過去がいくらかあるのは当たり前のことです。そうした滅多なことでは打ち明けがたい深刻な話であっても、「この人はきちんと受けとめてくれるだろうか?」「その信頼に足る人物だろうか?」を試したい。そのような意図・目的をもって、ぶつけてこられるのが「死」に関する話題や質問であることを実感します。
即答することができない、専門職としての知識だけでは対応できないような類の質問であっても、グリーフケアにおいては「答えず応える」という態度が大切です。自分がどのような信仰をもっているとしても、あるいは何も持たない立場であっても、死後の存在を直接「答える」のではなく、不安な気持ちに「応える」ようにしましょう。
「それはとても気になりますよね」といったん受けとめた上で、「逆質問」することも有効です。「ご自身ではどのように思っていらっしゃるのですか」と優しく尋ねると、「分からない」と答えられる方もとても多いです。そのような場合は、私たちの死生観を伝えるよりも「分からないですよね」と応じ、不安である心境に寄り添うことで安心されます。疑問に対する明快な答えを示されるよりも、どんな気持ちであっても共有する姿勢を貫く態度が、安心と信頼につながります。
死にゆく人の心理を理解することは、家族やケアを提供する側が、本人との時間を有意義でかけがえのないものにする上で、とても有効です。何に困ったり、恐れや不安を抱くのかが共有できれば、それだけでも互いの孤独が癒され、信頼関係の維持・継続につながります。
またどんな人も命ある限り、いずれは死に直面する時が必ずあります。死を前にして苦悩する人の心境に想いを馳せることは、いつか自分自身が同じ立場に立たされた時に、大きな力となる実体験であり宝です。
余命宣告を受けた相手と残される自分。その壁を少しでも小さくする大切な心がけは、やがて自分もこの世を去る存在であることを忘れないことです。すべてをわかることはできなくても、いつか自分も同じ局面を迎える立場として、その試練にたった一人対峙するその人を、できるだけ側でその苦悩に寄り添いつつ、同じ人間同士として支えあう。そのような心がけ忘れずに、対することを大切にしていきたいですね。
編集後記
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