過去(意味)とのつながり  

 

日本グリーフ専門士協会の前川美幸です。

今回は「人生を支える8つの繋がり」についての2つめの記事です。

 

 

紡いできた過去の意味が見失われる時

喪失体験により「過去」との繫がりが断たれることがあります。大切な人を失ったことで、それまで共に過ごしてきた時間、とくに良くなってもらいたいと必死で看病してきた日々や、本人との壮絶な闘病生活が、「意味がなく無駄なものであった」とすら思えてしまいます。 

「もし私が仕事を辞めていれば、(もっと看病に徹していれば)夫は死ななかったのでは?」「自分と出会わなければ(こんな苦労の多い人生を過ごさずにすみ)妻は死ぬことはなかったかもしれない・・・」と言った心の声に、自分の過去を責め続けられる人もあります。そのような罪の意識は、表面上はわからなくてもおそらく、その人にとっての深刻な生きづらさを、生涯にわたり、与え続けることになるでしょう。

自分が真剣に悩んだ末に決断した人生の選択を、自身で(あるいは他人から)否定せざるを得ない状況に追い込まれた時、その人は過去との繋がりが絶たれる痛みを味わいます。なかには、ある特定の出来事あるいは人物との思い出だけが記憶から消えてしまうことも、とくに深刻な喪失体験においては、稀ではありません。

  

誰の心の中にも、他人に侵されたくない過去がある

誰もがその本人にしかわかり得ない、他人に打ち明けることが難しい、なんらかの「過去」を背負って生きています。その過去に対し、どのような<意図・目的>をもって、どのように<意味づけ>をするかは、何人であっても、介入することができない。本来的には、生命の尊厳と同様に、そこは侵すべからざるもっとも尊重すべき、個人の課題でしょう。

ですから、本質的には、その本人が自身の身の上に起きた過去の事象に対し、何をどう思い、そこからどのような価値観や心情を生み出しているか?について、他人が立ち入ることが許されないことです。

とはいえ、前述のように「私も(後を追って)死んでしまいたい」「ひとり残された自分に、もはや生きる価値などない」と、その本人自身が深刻に思いつめてしまっている場合は、どうでしょうか?そのまま放置してしまったなら、本当に<後追い>を実行してしまうリスクは、ゼロではないかも知れません。 

実際に、何らかの自傷行為や自死を目指した行動はとらなかったとしても、長きにわたる意欲低下と心身の不調から、大切な人を亡くした数年後に、残された側が命尽きてしまう例も、決して少なくはありません。そのようなケースはどちらかというと、長年連れ添ってきた妻に先立たれた夫や、我が子が先に他界してしまった高齢の女性に多いようですが、それ以外の状況下でも起こり得る現実です。 

 

後追いしたくなる心境をさらに打ちのめすのは・・・

幼いお子さんを亡くした方や、若くして伴侶を死別で失った方は特に、前述のように、数年来の記憶を失ってしまう方もあります。

医学的な診断でいえば、たしかに特定の記憶だけがゴッソリ抜けてしまう現象は、<異常>とラベリングされるでしょう。ですが、<万が一にも失ってしまったら、とても生きてはいけない>、それほどに大切に思ってきたかけがえのない存在を、その人は現実に失ってしまったのです。<正常でいられるわけがない>のが、<ヒトとしての当然の反応>と見なすのが、グリーフケアに関わる立場ならば自然であると実感します。

<ひとめでいいからもう一度逢いたい>想いが高じ、<私もあの世に逝けば叶うだろうか?>の死の誘惑に駆られてしまうことも、往往にしてあるのが、死別による喪失悲嘆の、避けられないリスクであると痛感します。

そして、そのような辛い気持ちを吐露した際に周囲が向けてしまいがちなのが、「そんなこと言ったら(故人も)きっと悲しむ(あるいは「報われない」)、「あなたにはまだ、残された子供もあるんだから、しっかりしなくっちゃダメよ!」といった助言や激励です。

そのような関わりはたいてい、当事者本人にとっては一層その孤独を募らせ、「誰も私の気持ちをわかってくれない」となおさら精神的なダメージを与えてしまうことになりかねません。不必要な言葉がかえって命取りとなることが、グリーフの現場では度々起こり得ます。

「何をいうべきか?」よりも実にもっとも大事なのは、「何を言わないでいられるか?」であり、当然のように放ってしないがちな禁句を口にしなくなるだけでも、人によっては相当の鍛錬が必要となります。

 

その人自身の過去の救済は、その人にしか成し遂げられない

その想像を絶する痛みを払拭した上で、深い癒しと希望を与え得る、特別な魔法は残念ながらありません。そのような特効薬はないなりにも、個人の喪失悲嘆に対する、もっともふさわしい態度がもしあるとしたらそれはどんなものでしょうか?おそらく「あなたの痛みの全てを私が理解することはできない」という自分の限界を、肝に銘じて接することにあると、私は実感します。

「どんな声をかけたらいいでしょうか?」「どんな態度で接すれば良いのでしょうか?」という質問が、グリーフケアの研修では、もっとも多く寄せられるようです。ですが、そのような正解はどこにもなく、テキスト化もマニュアル化も難しいのが、本当に深い傷つきに対する心のケアだと痛感します。

考えてみれば、その人が今、その身と心に必死に背負おうと葛藤しているなんらかの<過去>を、出会って間もない自分が、「少しでも苦しみから解放したい」「どうにか癒したい」と思うのは、そもそもが傲慢で不遜な態度ではないでしょうか?

その人自身が生涯をかけて取り組み、乗り越えようとしている人生の課題を、当事者ではない自分が「どうにかできる」と考えること自体が、相手の歩んできた過去や築いてきた人生の軌跡に対し、おこがましいことこの上ないような気がします。

その人の人生にどのような出来事があろうとも、それを悲劇と嘆いたり、一部を喜劇に感じたり、あるいは成長物語へと転じたり、どのようにドラマ展開するかにおいて、選択の決定権を持つのは、人生の主人公たる本人以外にはありません。

<本当の意味で相手を尊重する>ということは、相手がどのような選択や決断をするかの全行程において、でき得る限りの信頼をおき、全肯定的態度で接することにあるのだろうと実感します。

とはいえ、人間である限り誰しも、自分特有の価値観や信念を持っているものです。それは往往にして、他人のそれとは相入れなかったり、ぶつかってしまうことが多々あります。中には、どうあっても個人として受け入れることができない価値観や信念を、相手の中に見出すこともあるでしょう。 

そんな場合であってもせめて、相手を否定することだけは避けたいものですね。「たとえ自分の全てを受け入れ、理解してくれる人がなくても、それでもそんな自分を見捨てることなく、側で見守ってくれる人がいる。」そう思うだけでも、絶望的な孤独からは救われることがあります。

ひとりの人として尊重される繋がりの中で、他人に対する信頼性が回復していけば、その人自身が自分の手で断絶されてきた過去を取り戻す日も、きっとくるはずです。

 

【他人の過去の痛みに寄り添うには、自分自身の心のケアが先決】

本来は相手の選択や決断に任せるところを、支援者の立場で過度に介入してしまうことは、対人援助職として、だれもが少なからず犯してしまうルール違反です。そしてその多くは、支援者自身が未だ、心に解消できないなんらかのわだかまりがあるからこそ、相手のためにではなく自分自身を守るために介入しすぎるのだと感じます。

本来は相手を信頼し見守るだけでよいところを、過剰に手も口も出しすぎてしまう場合は、まさに要注意の危険信号ですね。

自身が内面になんらかの傷つきを抱えていると、相手の苦悩に対し、どうしても配慮が行き届かなくなってしまいます。自分の痛みをカバーするので精一杯になってしまうからです。うまく接することができない自分がイヤになり、相手の目の前から消えたくなる心境に苛まれることもあるでしょう。

援助者としてスムーズに関わることができない。接しているとどこか、心に痛みを生じたり、反発や反動を感じてしまう。そのうち、相手を拒絶したい気持ちや、逃げ出したい衝動に駆られてしまうことすらあり得ます。

だからこそ、援助する側の私たちは、自分自身が過去にどのような喪失悲嘆を抱え、そこから現時点でどのような痛みをひきづっているか?の自覚を常に持つことが大切です。自分で自分の状態をベストに整えようとする、絶え間ない努力と覚悟が求められるでしょう。

 

自分の限界を受け入れる勇気を持つ 

過去に喪失や傷つき体験のない人など誰もなく、心に痛手や弱みを持たない人などこの世にありません。だれしも、その人なりの過去からの苦悩と、それを抱えながら生き抜いてきた軌跡を持っています。そこから現時点でどのような痛みをひきづっているか?の自覚を常に持つことが大切です。自分で自分の状態をベストに整えようとする、絶え間ない努力と覚悟が求められるでしょう。

そのような弛まぬ自己修正は、実際にはなかなかに難しく、対人援助に長く従事していても、自分自身が心身の調子を崩してしまうことも時にあります。そんな時には、自分もまた、ひとりのclientとして、仲間やメンターからのサポートを躊躇なく受けましょう。

人間としての自分の弱点を真摯に認める勇気を持ち、今の自分にできることと、今の自分では難しいことの限界を見極める。そして、できない部分はできる誰かに素直にバトンタッチする。そのような心がけが、自分も他人も楽にできる一番の近道であることを忘れずに、お互いに支えあえる繋がりを築き上げていきたいですね。

 

<追記>

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。