日本グリーフ専門士協会の前川美幸です。
今回は「人生を支える8つの繋がり」についての3つめの、このテーマにおける最終回となります。

死別喪失による悲嘆は、「大切な存在との繋がりが完全に絶たれてしまった」と感じる「断絶感」に打ちひしがれている状態であるとも言えます。そして重要なことは、【断絶】が起こっているのは【故人との絆】だけではなく、それに付随するものとも、断絶が起きているということです。

前回までに【社会】【友人】【家族】【過去(意味)】の4つにおける断絶について、紹介しました。今回は【自然】【思想】【故人】【未来(使命)】について、解説します。

 

自然との繋がり

いろいろなものとの断絶が起こる中で見逃しがちなのが、「自然」との断絶です。

私たちは本来、自然と共生しています。日頃、気がつかない場面で多々、自然との触れ合いがあります。大切な誰かとの死別は、突然に訪れる環境の劇的変化です。誰もがあまりのショックにひきこもりがちとなり、孤独に陥ります。

それにより、陽の光や外の空気、植物、動物などの生命の輝きに触れる機会なども激減します。昼夜が逆転し、季節感や時間の感覚がなくなってしまうこともあります。

入院生活においても、ちょっとした花や窓から見える景色が、医療機器に取り囲まれ殺風景になりがちな病室に、季節の彩りをもたらしてくれます。

誰かしら世話をしてくれる人があれば、何かしらの自然がもたらすパワーや恩恵にあずかることができますが、そのような援助がなければ、全く自然の癒しが得られません。非人間的な環境に長らく晒されることになり、その人本来の活気も失われていきます。

 

思想との繋がり

次に「思想」についてです。大切な存在が生きてくれている間は、漠然とながらも信じるに値すると感じる<信条>や<理念>が、心の支えになります。ですが、大切な存在との死別によって、様々な断絶が引き起こり、それに伴い<自己像>も変化します。

個人にとっての<信条>や<理念>の根幹にあるものは、自分自身に対する認識、つまりは<セルフイメージ>です。ですから、自分自身の存在意義が危うくなると共に、それまでは確信できていた信条、信念、理念等も、脆くも崩れ去ってしまいがちです。

<思想>は<自分よりも大きな考え>と捉えることもできます。<信仰>や<哲学>、<先達の考え>なども含みます。

例えば、神仏に日々感謝していた人が突然、身近な人を亡くしたことをキッカケに、「あんなに良い人だったのに、なぜ死なねばならなかったのか!?」と、その信仰が揺らぐことがあります。そして、その故人がおもいがけない不幸を背負ったとしか思えず、その運命を呪う気持ちから、これまでの信仰に突如、反感を覚えることもあるでしょう。まして、亡くなった当人が熱心な信者であった場合などは尚更です。

「健康で長生きするため」の指針として、それら宗教に頼ってきた場合は、期待を裏切られた失望で胸がいっぱいになります。

また、信仰に限らず、何らかの「健康志向」や「哲学的思想」においても、同じように「喪失による断絶」により、その信念がくつがえることがあります。そしてそれらが本人にとっての精神的支柱であった場合には、より断絶感からの孤独が重症化します。

もう何も信じたくない、誰とも繋がりたくない思われた方が、何気なく手にとった本や一編の詩の中に生きる力を見いだすこともあります。それらも思想との繋がりと捉えていいでしょう。とはいえ、無理に本を勧めたり、特定の考え方を押し付けたりすることは避けたいところです。

 

故人との繋がり

次は「故人」との断絶です。大切な人が亡くなれば、当然、その人との断絶感は強い痛みとなります。その心の痛みは死去される前からすでに始まることも多いです。そして、それが最も痛烈に思い知らされるのは、人によって様々です。火葬場で見送る時、遺骨を抱きしめる瞬間、納骨する際、または墓前、あるいは遺影に向かう時など、痛烈に、【すでにこの世にない】現実が突きつけられ、身が引き裂かれる心地がします。

死別による離別から、かなり時間が経過した後でも、ふとした折に本人が側にいるような気がする人も多いでしょう。そしてつい名前を呼んだり、姿を探したりすることがあります。そのような感覚が日常的に起こりつつも、その度に<愛する人が既にこの世にはいない>ことが思い知らされ、はかりしれない寂寥感に打ちひしがれる。そうした場面を何度となく繰り返します。

故人との断絶感は、死別離別においてもっとも辛い局面です。ですが、その他の繋がりが回復されるにつれ、だんだんとその人なりに、肉体レベルの結びつきとはちがう次元での、故人との結びつきが次第に取り戻されるようになります。

それについては、【グリーフのスパイラル】という死別喪失における心理過程のうちの【再生】局面でくわしくお話ししたいと思います。

 

未来(使命)との繋がり

未来(使命)との断絶は、自分の存在が<これから先>とつながっていない感覚を引き起こします。将来のことを想像できなくなり、絶望感に打ちひしがれます。そんな中、「私はがんばる!このために生き抜く!」という目標・ゴールもふいに見えなくなるのは当然のことです。

<未来のゴール>を目指す上で、当たり前のように存在していることが前提条件であったはずの<大切な人>がいない状況下では、以前と同じような明るい未来は描けません。大切な方を支え、共にあり、その支えとなる使命を強く感じながら、看病や介護をしてきた人であれば尚更です。

その人を失うと共に、その人と共にあることを前提に築き上げてきた理想の未来、そこで果たしたかった使命や役割が失われてしまうという「断絶」が起こってしまうのです。

未来との断絶も、将来への希望が一切絶たれてしまったように思えて、とても悲しく辛い局面です。そして、その断絶感もやがて【再生】においては、故人との結びつきをまた別の形で感じられるようになります。

命ある存在としてはすでにこの世になくても、故人が大切にしていたものを自分が引き継いだり、守ったりしていく中で【今も共にある】という感覚が実感されるようになるー。故人から受け継いだ何かに使命を感じ、それに沿った生き方を体現したいと願うことで、故人を今も大事に思う自分に誇りを持って生きることができるようになります。

 

具体的な支援

普段は強く意識はしていないものの、生きる上で確実に支えになっている繋がりや絆などが一度に断たれてしまうのが、身近な人との死別体験です。

それは事故で手足を失うのと同じように、自分にとってなくてならない、それなしに生活できない大切な一部を失うことに他なりません。これら8つの繋がりのうち、いずれか一つを失っても壮絶な苦悩が生じます。

自分の人生を、自分という存在を支え続けてきた繋がりが、一度に突然、断たれてしまうー。死別の悲嘆とはそのような【壮絶な断絶体験】であることを、支援する側は決して忘れてはならないと痛感します。

そしてこれらの断絶により、一人ではとても抱えきれないほどの、大きな悲嘆に沈むその人を支えるには、支援者としてどのような態度が必要でしょうか?それには、前述した8つの繋がりとの断絶があることを踏まえ、できるだけ多面的なサポートを心がけることが大切です。

 

1)まずは社会・友人・家族との繋がりを支援する

まずは「社会との繋がり」を心がけましょう。何らかの喪失を抱えている人やその家族をこちらから訪れることで、「社会」とのつながりを保つことが出来ます。

通院や通所系系サービスにおいては、ご利用者同士の繋がりが「友人」としての結びつきに発展する事も多々あります。そのような人間としての思いやりや温かさを伝えあう共感的な信頼が、断絶感に苦しむ当事者にとっての、多大な癒しや明かりになります。

2)心身の機能低下に注意を払いつつ、連携を強化する

また、死別ばかりがグリーフではありません。

孤独に打ちひしがれ、ひきこもりがちになる生活スタイルから、体の不調や機能の低下をもたらすケースは多々あります。外に出ないから、心身の機能が衰え、外出が困難となる。外に出ることが難しくなることで、ますます心身が退廃していく。これが高齢者だと、歩行・排泄・食事等の日常生活動作の自立が維持できなくなり、心身の機能が恐ろしいスピードで奪われていきます。

引きこもり、刺激の少ない生活から【認知症】と診断される方も少なくありません。私たちの認知や記憶に関わるシステムは、全身の筋肉と同様に<使わなければ廃れていく>傾向が強くあります。まるで指の間から砂がこぼれ落ちるように記憶が脱落するのを肌で感じながら、その現状を変えることが自分ではなかなか出来ない。そのような退行を体感することも、本人や周囲にとっての深刻なグリーフです。

見守る側も見守られる側も、それぞれが各々の立場でのグリーフを抱えながら、喪失感・断絶感にさいなまれているー。

そのような全体像を常に視野にいれながら、本人のみならずその家族、あるいは周囲ごとを支えていこうとする長期的な努力が、支援する側には求められます。

また深刻で複雑なグリーフの場合、抑うつ的な傾向が長期に続くことにより、自傷行為や自殺念慮のリスクを抱えることもあります。そのような場合には速やかに、専門医との連携を図ることも大切です。

 

3)対象者の状況の変化を丁寧に見守り続ける

大切な方を亡くしたあとは一周忌までは事務的な処理も多く、何かと他人の出入りもあります。

ところが、一周忌を過ぎる急に、弔問客や訪問客が減り、その変化が死別離別の当事者にとって、言いようのない孤独や寂寥感となり、追い詰められてしまうこともあります。ですから変化がめまぐるしい1年目に心をかけることもさることながら、2年目の大きな孤独にも注意していく必要があります。

組織ぐるみでグリーフケアに取り組む病院や施設も今では増えてきました。【遺族ケア】の一環として、亡くなった直後、1ヶ月、半年、1年後、2年後、といったタイミングで、近況等の様子を伺うハガキや手紙の送付をしているところも多いでしょう。

個人の力だけでは長期的な継続はとくに難しい面があります。法人等に所属している場合には、このような取り組みが組織全体のサービスとして実施できないかを提案してみることも一つのチャレンジです。

いずれにしても、対象者に対し、「何か困りごとがあれば一緒に考えましょう」という姿勢を積極的にゆるぎなく見せることは、グリーフを抱えている方にとっての大きな支援につながります。

また、死別離別の対象者ばかりではなく、その周囲にある人(家族など)に対しても良き相談相手となることも大切です。

グリーフケアにおいては、いつでも哀しみを吐き出せるような関係性を大切に、専門的な知識やスキルを磨きつつ、【ひとりの人間】として【「あなたの応援者」であり「いつでも繋がっている」】という態度を最後まで貫きたいものです。

 

<追記>

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。