大切な人を死別により喪失した心の内側は常に、哀しみで溢れています。

「哀しみ」とは、愛おしい、悲しい、寂しい、辛い、苦しい、悔しい、怖い、心配、落胆といった複雑な感情が入り混じった状態です。根底に常にある「哀しみ」を一次感情として、様々な局面が二次的に引き起こります。

「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」「転換」などの様々な局面を段階的にではなく、時にスキップしながら、「再生」へと向かっていきます。

日本グリーフ専門士協会では、上記のような死別による喪失悲嘆の心理過程を『グリーフスパイラル』と名付け、整理しました。前回までに『グリーフスパイラル』における「混乱」「否認」の局面についてとりあげました。

今回は、対人援助職のみならず、人間関係上でも扱いが難しい「怒り」について、グリーフケアの観点からどう関われば良いか?についてお伝えします。

「怒り」とは

「怒り」は、自分の思いが妨げられるときに起きる感情です。事実を受け入れられず、抵抗しようとする状態でもあります。出来事が「不条理」としか受け止められず、ときとして爆発的な感情として現れることもあります。

「愛する人と一緒にいたい」「これから人生を楽しみたい」と願わない人はありません。それが、病気や事故、あるいは事件、また自死などによって突然、その関係性を断たれてしまうーそんな極限状態の中で、別離を引き起こしたとされる相手や、状況そのものに対し、怒りや不当感を強く抱くのは当然のことです。

自死の場合はその怒りが、自分を置いて死を選んだ故人そのものや、自死を阻止できなかった自分自身や周囲に対して、向かいます。どこにどう、ぶつけたらいいのかわからない激しい怒りに翻弄され、それがまったく無関係な人に対し、向けられることもあります。

医療・介護の現場では、とくに看取りの現場にいた看護・介護職が、やりきれない怒りの矛先に立たされることも少なくありません。

怒りは自己を過度に傷つけないための防衛機制

グリーフスパイラルにおいて「混乱」「否認」は、「愛する存在との死別」という堪え難い現実を受け入れるに、少しでもその心理的衝撃を緩和するために必要な反応です。

同様に「怒り」もまた、耐えきれない喪失悲嘆によって、自分を過度に傷つけないための「防衛機制」と言えます。

死別直後に引き起こる「怒り」はたいてい、外部に向かって激しく噴き上がります。そして外部に怒りのエネルギー向かっている間は、自分自身の心の内部への攻撃から、身を守ることがある程度は可能になります。

自分にとって、とても大切なものが失われてしまった現実を突きつけられた瞬間、人はその運命を呪います。そして、「誰がこのような苦痛を与えたのか?」という心境に陥ってしまうでしょう。

これまで大切にしてきた努力の全てが報われることなく、人生に対する希望が一瞬にして奪われ、裏切られた悲壮感でいっぱいになります。

愛する伴侶を過労死により失った。何よりも大切に育ててきた息子の命が、不注意運転により奪われた。いじめを受けていたという遺書を残し、孫が死んだ。

そのような死別体験に遭遇し、まず湧き上がってくる感情は、大切な人を死に至らしめた相手や対象に対する、激しい非難と怒りです。

過労死で失ったならば当然、健康を害し命落とすまでの劣悪な労働環境に追い込んだ会社や、追い詰められていたことを見過ごした上司や同僚に、過失を問い詰めたい憤りでいっぱいになります。

事故により命奪われたならば当然、その加害者に対し、激しい怒りと憎悪を感じます。「死んだ子の代わりに加害者が死ねばよかったのに」「その命とひきかえに生き返らせたい」という気持ちにすら駆られることも少なくありません。

いじめによる自殺であったケースでは、「いじめていた子を一人残らず殺してやりたい、どうせ私は老い先が短いのだから、罪になっても構わない」と言われた方もありました。

こうした通常では考えられない、普段のその人からはとても想像しがたい、反社会的な言動、攻撃的な態度が見られることが、「怒り」の局面ではしばしばあります。

しかしそれは、愛する存在を突然失った、ありえない喪失悲嘆から生じる一時的な反応であり、同じ苦境に立たされたならば多くの人が示す、当然の反応でもあります。

なんらかの他者の過失によって命を奪われた場合はとくに、そのような「怒り」や「憎悪」の感情の激しい波がおさまっていくには、時間の経過が必要です。

しかし、過失を起こした側がその過失を認めない、誠意ある対応を見せないような場合には、その「怒り」が長らく遺された人を苦しめることも少なくありません。

やり場のない感情が「怒り」や「恨み」となって、噴出しおさまることが困難であるのは、多くの人にとって、人として自然な反応でもあります。

不当な怒りを過度に浴びないために

医療・介護の現場で出会う死別は、その多くが避けられようがなかったケースです。しかし時に、医療介護職が何の落ち度もなかったにも関わらず、ご遺族がなんらかの過失を疑い、怒りをもって過度に責めてこられるようなケースも残念ながらゼロではありません。

担当した医師や看護師、介護職の誰でも、「死んだのはあなたのせい」「あなたのせいでこうなった」と叱責されたり、半狂乱となって罵倒されることがあり得るのです。

そうした怒りは、その場限りのものであり、本心からではないことは確実です。しかし中には、なんらかの特殊な事情や背景によって、根強い疑心をその後もぶつけられるケースも残念ながらあります。

「怒り」は他者にぶつけることにより、スッキリする側面があります。そのため、ぶつけても許してくれそうな受けとめてくれそうな相手に、思いの限りをぶちまけてしまう人も、世の中には一定数存在するのです。また普段はそのような振る舞いに出ることがないけれど、「死別」という極限状態の中でそんな態度に出てしまう人も実は少なくないのです。

一方、亡くなられた方に対し敬意と尊厳を持ち、プロとしてのみならず、一人の人間として関わってきたスタッフにとっても、死別による喪失には人としての痛みが強く伴います。

ただでさえ自分にとっての大切な存在である患者さんや利用者さんを失い悲しい気持ちで一杯である中を、何の罪もないのに「あなたのせいで!」となじられることはとても耐えがたい苦痛が伴います。

ですからケアする側もまた、心を防衛する手立てをしっかりと確立しておくことが特に大切です。またそのように、不当な怒りを過度に浴びせられないための予防策をよく知り、備えておくことも大事ですね。

「不当な怒り」に対しては特に、「初期対応」がその後のトラブルを未然に防ぐ上でとても重要になります。(以下に箇条書きで示します)

1)死別の喪失には様々な感情の局面があることを知る。

「混乱」「否認」「怒り」の局面ではとりわけ、激しい葛藤による感情的な反応に見舞われやすいです。それらをよく理解した上で、まずはその感情にしっかりと寄り添うことが第一です。

2)「事実ではない非難」に対しては毅然とした態度を保ち安易に認めない。

事実ではない非難に対する謝罪を求められた場合、その点に関しては「不用意に謝罪しない」ことが重要です。

相手の辛い心情に最大限の理解を示そうと歩み寄り、全ての気持ちを共有できないことに対しては「申し訳ない」という態度が伝わる努力に徹しましょう。

その上で「不当な非難」については「相手がどう受けとめておられるのかについてメモを詳しくとる」などした上で、できるだけ自分一人では対応しないことが大切です。

3)事前学習の機会をできるだけ多く持つ。

医療や介護の現場では、死別の場面に初めて立ち会うスタッフもあるでしょう。核家族化が進み、祖父母や親戚とは年に数回会う程度の間柄である人も増えました。「ごく身近な人との死別離別は、ずっと大人になってから実親を失ったのが初めてです」という人も今では少なくありません。

初めて立ち会った死別の場面で、思いがけない怒りや恨みを立場上浴びせられ、仕事に出るのが辛くなってしまった。そうした事件をキッカケに、介護・看護の仕事から遠ざかってしまうケースも残念ながらあります。

「怒り」の局面で起こりえるリスクやその対策について、事前に学習する機会をできるだけ持つ。過去にあった具体的な事例からの気づきや学びを、守秘義務を厳守した上で関係者間で極力共有するなどの工夫も、有効な対策のひとつです。

怒り」が自分に向かった時に生じる「罪悪感」

外部に向かっていた怒りが自分自身に向かったら、今度は激しい後悔や自責の念に苛まれます。

「自分が死んでおけばよかった」「いっそ一緒に逝きたい」「後を追って楽になれたら…」といった「希死念慮」へと発展してしまうリスクも少なくありません。

「あんなに体調が悪化する前に、もっと注意してあげればよかった」

「生きているうちに、もっといろんなことをしてあげたかった」

「もしあの時、ちゃんと送っていたら、事故になど合わなかったのに」

病死・事故死・自死、どんな亡くなり方をされても、残された人が後々まで苦にし続けるのが、こうした「罪悪感」です。

罪悪感は、自分を過度に責めてしまう心の働きであるため、あまりに重くのしかかると心身の健康を重く害します。

精神的に追いつめられることにより、「希死念慮」や「後追い自殺」に結びつきかねない危険性もあります。

罪悪感を抱える程度は、どのような状況下で亡くなったかということに加えて、元来の性格も影響します。

あまり他人に対し、弱音や本音を言えない、愚痴を言わない、我慢強い内向的な気質の方はとくに、「怒り」が内側にこもりやすい傾向があります。

特に男性はそうした傾向が女性よりは大きく、相談できる場に足を運ばないことが多いため、内心ではどのような思いを抱いているか?を注意深く観察し、見守る配慮が大切です。

怒りに対する適切なサポート

1)過敏な反応を認める

「怒り」は死別による喪失悲嘆において「誰にでも起こり得る反応である」と受けとめ、激しい怒りが噴出しても驚かないことが大切です。

怒りの側面に触れたことにより、こちらが驚いたり拒絶したり傷ついたような態度を見せることがないよう心がけましょう。そうでなければ目の前の人は死別喪失による哀しみを誰にも打ち明けられず、孤独のままに長く苦悩されることになってしまいます。

2)安易な励ましは特に避け、非言語的に支える

「お気持ち察し申し上げます」といった、通り一遍の対応は避けるようにしましょう。他人が簡単に察することができるような哀しみや痛みではないことは、他の誰でもない当人自身がもっとも痛感されています。

そのような儀礼的な態度をとってしまった場合、口には出されずとも心の中で、「あなたに何がわかるの!?」と煩悶されることになるでしょう。

どんな美辞麗句であろうと甲斐がない。「かける言葉が見つからない」のが、かけがえのない存在を失った際の人間の心境であるとも言われます。

死別による離別の場面では多くを語らず、態度で労わる方がより想いが伝わります。

相手との関係性や信頼度にもよりますが、肩をそっと支える、背中をさする、手を握る等を心がけましょう。

「どんな時にもあなたの味方」という一貫した姿勢を、態度や在り方で伝え、寄り添い続けることが大切です。

3)「怒り」の内側にある「哀しみ」を忘れない

目の前の人がたとえ怒りに翻弄されていても、それは「攻撃的な気質や性格による」ものではなく、大切な愛すべき存在を失った「悲嘆ゆえの怒り」であることを理解する。内側にある「哀しみ」、その先にある深い愛情を重んじ、敬う。

その姿勢を決して忘れることなく、常に心の中で確認し続けることが何より重要です。

罪悪感に対する必要なサポート

1)罪悪感は誰にでも起こり得る

故人に対する後悔は、故人への愛情あればこその悔いであり、人として当然の自然な反応であると受けとめましょう。

2)「回復していく自分に罪の意識を感じなくていい

「大切な人を失ったというのに、元気になるのは申し訳ない」

「死別したならば、いつまでも悲しみ嘆くべきである」

そのような世の中の「常識とされていること」にとらわれる必要はないことを、本人みずからが体感できるよう援助していきたいものですね。

「故人との対話の時間を大切にする」ことで、「故人や故人を大切にしてきた気持ち」を忘れてしまうことに対する負い目はいくらか軽減されるでしょう。また故人が遺された者たちに何を願うかに想いを馳せることで、新たな知見を見いだすことができることも多くあります。

「残された私が自責の念に苛まれる姿を見て、先だったあの人もまた罪の意識に駆られるかも知れない」

そのように実感されてから、自責の念から籠りがちであった生活を抜け出し、元の日常を取り戻された例も少なくありません。

3)安心感と愛情の欠如は関係がない

長期にわたる介護生活や、故人と何らかの確執があった場合などは、亡くなったことで安堵の実感が芽生えることもあります。

「あの人を失ったことを悲しむどころか、ホッとしている自分がいる。なんて薄情なのだろう」

そのように感じて自分を責めたり、自己嫌悪に陥ってしまう方にはどのようなサポートが必要でしょうか?

まずは「長らくの苦労が絶えたことに対しての安心感」と「長きを共にしてきた故人に対する愛情」は別物であることをしっかり認識してもらうことが大切です。

「失った哀しみ」と共に、「看病・闘病生活からの解放に対する安堵」が共存することは、誰にでもあります。愛情があっても、深く哀しんでいても、開放感や安心感を感じることはいくらでもあり得るのです。

4)できたことを書き出しふりかえる

罪悪感を感じるに至る具体的な行為や言動、感情があったとしても、それとは反対の想いや行動もあったはず。その事実に気づくことで、過度な自責の念から救われることもあります。

とくに長く一緒にケアにあたり、苦楽を共にしてきたスタッフからの「そうはいっても、こんな場面もありましたね」といった記憶の共有は、とても貴重です。

看取りに至るまでの経過の中で、記録には残されることがない心の風景を覚えておき、必要なタイミングで再確認してさしあげることも大切なケアです。

そのような場面を改めて語りあったり、写真やアルバムを眺め、思い出を共に懐かしむことができれば尚、罪の意識は癒されることでしょう。

「怒り」は「混乱」「否認」と共に、死別喪失による悲嘆において、とても辛さや痛み、苦悩が激しい局面です。ですがそれもまた、故人を深く愛すればこその自然な反応として受けとめ、同じ一人の人間として側に寄り添う気持ちを大切にしたいですね。 

<追記>

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。