グリーフにおける「抑うつ」


死別などによる喪失の悲嘆や反応をグリーフといい、それに対応するケアをグリーフケアといいます。これまで「混乱」「否認」「怒り」の局面について、お話してきました。4回目となる今回は、グリーフにおける「抑うつ」についてとりあげます。

グリーフスパイラルとは

死別悲嘆の心の過程を図式化した「グリーフスパイラル」は、死別体験で起きる心の変化を大きく7つに分けてあらわしています。

グリーフの過程におけるさまざまな状態の根底には、つねに「哀しみ」があります。喪失体験における「哀しみ」はグリーフのプロセスの一部ではなく、ずっと中心にあるものです。この哀しみが一次感情にあり、さまざまな二次感情が引き起こされていきます。

「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」「転換」「再生」と続く局面は、必ずしもこの順番どおりに進んでいくということではなく、いくつかの過程をいったりきたり、時にスキップしながら、歩んでいくものです。

その道のりは人によって様々で、同じところをグルグルといつまでも進めずに停滞しているように見えることもあります。しかし、わずかながらでも必ずその人なりの進歩があり、螺旋状に次の次元へと向かっていきます。

グリーフにおける「抑うつ」は「病気」ではない

「抑うつ」は大切な人を失えば誰もが陥る自然な反応

大切な人を失ってしまった時に出現する次のような反応は、誰もが陥る自然な反応です。

*落ち込んでやる気が起きず、何に対しても無関心な状態になる。

*何をどうしたらよいか分からず、すべてのことがおっくうになる。

*自分の存在が無意味に感じられ、虚しさに苛まれる。

*まるで心にぽっかり穴が空いたようで塞がる気がしない。

例えば、葬儀の準備に追われ、喪主を務めるなどして忙しくしている間はなんとか気力を保つことができても、その後にガクンと落ち込むことが多いと言われます。とくに四十九日を過ぎたあたりから、だんだんと訪ねる人が途絶えがちになると、突然、何とも言えない寂しさと孤独感に襲われます。

このように、大切な人ともう二度と会うことができない孤独と苦悩から、何もかもに見放された心地になり、自分を否定したい気持ちでいっぱいになり、自宅にひきこもりがちになってしまいます。これは、ほとんどの人が体験する悲嘆のプロセスです。

気分が落ち込み、活動を嫌う抑うつ症状は、決して特別なものではありません。抑うつは大切な人の死を突きつけられ、希望や見込みがないと分かった時に気力や意欲を失うことです。グリーフの場面におけるそのような変化は、必ずしも病気ではなく、むしろ当たり前の反応といえます。

大切な人を失えば誰もが、何をどうしてよいのかわからず、すべてのことがおっくうになり、無意味感や虚しさに苛まれます。

気分が落ち込むことで活動性が一気に低下する「抑うつ」は、見ている側も気をもまずにいられないため、支援者側が最も心苦しく感じる局面でもあります。

しかし立場を変えれば、決して特別な反応ではなく、人生の出来事として自然は反応といえます。自分にとってかけがえのない存在を亡くした方は、多くの場合、平気でいられる、落ち込まないでいられることはないでしょう。ですから、「混乱」「否認」「怒り」とあわせて、起こるべくして起こる、人としてきわめて自然な反応です。

グリーフにおける「抑うつ」と鬱の違い

グリーフにおける「抑うつ」は、「混乱」「否認」「怒り」といった局面で、放出する精神エネルギーをすべて出し切り、心身ともに事切れて消耗しきった状態です。

その順番通りに進むわけではありませんが、大抵は、何らかの感情の発露があってから、抑うつ状態に陥ることがほとんどです。ただし元来、感情の表出が乏しく、激しい内的葛藤があっても外に出すことがない性質があると、人知れずいつの間にか深い「抑うつ」に陥ることもあります。

グリーフによる「抑うつ」と鬱との分かれ目は、本来は明確な診断基準を基に、専門医が判断するところです。ただしグリーフケアに従事する立場としても、その違いをよく知り、状況に応じ速やかに専門機関と連携を図る必要があります。その上で知っておきたい「抑うつと鬱との違い」として次の3点が代表的です。

①グリーフによる「抑うつ」は、抑うつ的な気分が常に一定していない

グリーフによる「抑うつ」の場合は、1日の中で、また状況に応じて、その落ち込み方や沈み様に「波」が見られます。哀しみが一次感情にある中にも、死別悲嘆に常に浸りきってしまうばかりではありません。

どんよりとした曇り空にも時に一筋の光が差し込む様に、ふとした瞬間に死別の悲嘆にとらわれていない瞬間が訪れることがあります。日常のちょっとした出来事や他人との何気ない触れ合いの中で、安心や喜びを感じることができます。 

また過去の思い出の中に故人への愛情や想いを再確認し、心動かされることもあります。ふとした機会にユーモアを感じ、笑ったりする瞬間もあります。

②鬱は気分が晴れることがあまりない

鬱病と呼ばれるレベルの鬱の場合、精神的な落ち込みや意欲や興味の減退、自責の念などが常につきまとい、気分が晴れることがあまりありません。<曇りの空の晴れ間>といった瞬間がなく、一定した気分の低調がみられ、感情の表出がより困難になります。自責の念や自罰的な思考に囚われ、泣きたくても泣けない、心がかなり固定した状態です。

③グリーフによる「抑うつ」から「鬱」に移行することもある

グリーフによる「抑うつ」から「鬱」へと移り変わることは十分あり得ます。食欲の低下や不眠、意欲の減退などが長く続き、「(後を追って)死にたい」といった希死念慮が見られる場合は、速やかに専門医への相談を検討することが大事です。

医療・介護職が死別悲嘆の現場で「抑うつ」に陥る場合

死別による離別直後にあらわれる「混乱」「否認」「怒り」の局面は、支える側も痛みを感じやすく、とりわけ心身のエネルギーを消耗する辛い時期です。医療・介護の現場では、たまたまその場に居合わせた担当者であったというだけで、言われなき非難や他罰的・攻撃的な言動を浴びせられることがあります。

自分に過失があったとしても、その責任をあからさまに問われることはとても苦しく辛いものです。また、自身に一切過失がなく責められる道理がない場合でも、あまりに強く責められると、あたかも自分のせいであるかのような錯覚に陥ってしまうことがあります。結果、良心的な人ほどいたたまれない気持ちに追い詰められ、精神的な危機に晒されてしまいがちです。

医療・介護職はたとえ責められなくても、「自分のしてきたケアは本当にベストであったか?」の煩悶を常に抱えやすい立場にあります。ですから、他罰的な叱責を受け続けると、なおさら罪の意識を重く抱え、次第に気分が塞ぎ込んでしまいます。

熱心に看病・介護されてきたご家族が、患者さんやご利用者の死別を受け入れることができないままに、他罰的かつ攻撃的なご遺族となられる場合も残念ながらあります。そのような場合は特に「精一杯やってきたつもりでも、自分の対応にはどこか落ち度があったかも知れない」と思い詰め、抑うつ状態へと陥ってしまうスタッフも少なくありません。

しかし、医療・介護職の場合は、責める対象から遠ざかれば次第にその傷は癒えていくことが多いです。ただし、向けられた言動があまりに辛辣であった場合や、攻撃対象となった本人が非常に繊細な感受性の持ち主であった場合、いつまでもそのしこりを残すこともあります。

また残念ながら、怒りの矛先を向けられやすいのは大抵、心優しく控えめな人です。責められても言い返さない、あるいは言い返せない忍耐強さが裏目に出て、何度も怒りや攻撃性の受け手として、矢面に立たされてしまうことが少なくありません。そうしたトラブルに対し、報告・相談体制が整えられていない場合、徐々に働く意欲が削がれてしまう「燃え尽き症候群」に陥る危険が高いです。

在宅訪問に出向く看護・介護職や夜勤従事者が、一対一での対面であるいは密室環境内で、過度の叱責やクレームを受けたという例をよく耳にします。

主治医やケアマネジャーが、現場の細やかな情報を全て把握するのは限界があります。しかし、トラブルに発展しやすい可能性と思われるケースにおいては、関わる全スタッフのメンタルヘルスについて、事前に各サービス担当者に懸案事項や対策について、よく話し合っておくことが大切です。

抑うつの局面については、とくに対応や対策が難しいという声を受けます。その具体的な関わり方については、長くなりましたので、次回に解説します。 

<追記>

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。