私たちの人生は、「喪失体験」の連続です。死別はもちろん、病気、怪我、老化、離婚、解雇など、何かを失う運命からは完全に逃れることができません。誰もが生きていく中で、思いがけない喪失とそれに伴う悲嘆に見舞われます。

 人生の度重なる喪失の悲嘆とそれによる様々な反応(=グリーフ) を癒し、支える取り組みが グリーフケアです。人生で引き起こる様々な喪失体験において、人はどのような心情に揺り動かされるのか?その心の軌跡をたどることで、私たちにできることが見えてきます。

グリーフスパイラルとは

喪失悲嘆による哀しみから、人はどのように自分自身らしい人生をとり戻すのでしょうか?それについては、世界中で様々なモデルが研究されています。

日本グリーフ専門士協会では「グリーフスパイラル」として、 死別による悲嘆とその反応から、その人自身が自分らしい人生を再生されまでの道のりを、以下のようにとらえています。

大切な存在を失った人の心の奥底にはつねに「哀しみ」があります。内側にある「哀しみ」を中心として、「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」「転換」「再生」の7つの局面がとりまく二重構造が、喪失悲嘆を抱える人の心の状態です。

心の奥の中心にある「哀しみ」は、痛みとしては和らぐことはあっても、消えることはありません。どの局面にあっても、この「哀しみ」が一次感情としてあり、それ以外のさまざまな状態が引き起こされています。

前回はグリーフスパイラルの「抑うつ」についてとりあげました。今回は「諦(あきら)め」について解説します。

グリーフスパイラル「諦め」について

「諦(あきら)め」とは、哀しみを抱えつつも大切な人の死が不可逆であると知らされ、受け入れつつある状態です。「可逆」は逆もどりが可能な状態であり、「不可逆」は、もうもとの状態には戻らないことを意味します。どうあっても死んでしまった以上は生き返ることがない。二度とは生きて会うことはできないのだということを自分自身でようやく受け入れようとする心の状態が「諦め」です。

「混乱」「否認」「怒り」の時期は、ある意味、全身全霊で死別という現実を拒み、その苦悩から逃れようと踠いている状態です。その必死の抵抗も効なく精神エネルギーが枯渇し精根尽き果ててしまうのが「抑うつ」です。

さらに「諦め」は、どうにも立ち上がることができないほどに力尽きたからこそ迎える局面です。哀しさは依然としてあっても、目の前の現実に向き合い、受け入れつつある状態でもあります。「死別」という突然突きつけられた辛い現実から逃れたいという想いが消えるわけではありません。とはいえ、事実としての「死」をどうにか受け入れ、現実的に今の自分と折り合いをつけていこうとします。

「諦め」は、前を向いているわけでもないけど後ろ向きでもない、プラスマイナスゼロ地点に立ち、「ここから始めるしかない」と「事実としての死」にようやく向き合うタイミングです。

死別による悲嘆をただ悲しむのではなく、哀しみの一方でどこか肩の荷をおろされた安堵の気持ちを感じることもあるかもしれません。不安や懸念が次第に軽減し、心が落ち着き、ホッとする瞬間を日常生活の中で感じることもできます。

死別を事実として受け止める時

「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」の局面は、まだ死を受け入れることができていませんが、「諦め」の局面では、死をどうにもしがたい事実として認め、現実的な考え方ができるようになります。

この「諦め」という概念は、日本人はとくに古来から親しみ馴染んできた物の見方のひとつです。豊かな四季に富む一方で、様々な自然災害にも見舞われてきたのが日本の風土であり歴史です。移り変わり二度とは戻ることがない事象を、比較的冷静に受け止める日本人ならではの代表的な態度のひとつが「諦め」とも言えます。

「諦め」という言葉に対しては「断念」「ギブアップ」「放棄」などのイメージを持つ人が少なくありません。さらには「無気力」「無責任」と言った否定的な印象を持つ人もあるでしょう。

しかし本来の「諦める」は、「しかたがないと思い切る」以外に「はっきり見定める」という意味もあります。つまり物事や物の道理を明確にし、目の前の現実を受け入れつつ、囚われてきた過去に決着をつける潔い態度でもあるのです。

変えようのない現実をありのままに観るには、その現実が自身にとって受け入れがたいものであればあるほどに、大きな勇気と決断がいります。

大切な人との死別という大きな哀しみを抱え、混乱、否認、怒り、様々な苦しみを味わいながら、自分の持てる全てのエネルギーを使い果たし抑うつに陥る。どれだけ悲しんでも嘆いても、どうにもならない現実を突きつけられる日々を過ごす中で、ふと、事実を事実として認めざるをえない「諦め」という新たな心境の変化が訪れます。

諦めの局面を支えるために

1)本人自身が心の平安を受け入れるまで見守る

大切な人との死別は、とても大きな喪失体験です。誰にとっても、これまでにない特別な、1人では乗り越えがたい経験と言えます。この世にたった1人の、かけがえのない存在を失ったという意味において、他のどのような経験値を持ってしても簡単に太刀打ちできないでしょう。 

大切な人を失ったならば当然、心は平静ではいられません。また、心の中に渦巻く哀しみは、ただ故人に対する愛着や思慕の想いだけではないでしょう。

愛おしい、悲しい、寂しい、辛い、苦しい、悔しい、怖い、不安、心配、落胆といった様々な感情が、複雑にいりまじったものがグリーフスパイラルにおける「哀しみ」です。

生前のその人に対し、伝えられなかった想いや解消しがたい何らかのわだかまりがあったならば尚更、死別により後悔や葛藤が増し、大きく心が揺さぶられます。その沸き起こる苦悩の波の激しさに、その人が自分にとっていかに大切な存在であったかを思い知るのです。

全ての感情の波にどれだけ翻弄されようと、どうあってももう二度と生きて再会することはできないのだと知る「諦め」の局面は、どこか「こんな風に諦めがつく私はなんて薄情で恩知らずなのだろう」といった自責の念が再燃しがちです。

とは言え、「生きていた時と全く同じようなつながりを再び故人に求めることはできない」という現実に気づくことはある意味、故人との新たなつながりを見出す第一歩でもあります。

「もし大切な人が生きているとしたら、自分がいつまでも悲しみ、痛みを感じ続ける姿を良しとするだろうか?」「もし先に死んだのが私だったら、この世に残す大切な人たちに私はどうしてもらいたいだろうか?」を考えてみると、先の未来にどうありたいか?の自身の方向性が見えることがあります。

ここで大切なことは「未来はどうあるべきか?」について、他人が意見や理想を押し付けてはならないということです。「そんな風に悲しんでばかりいると(故人も)浮かばれないよ」「亡くなった人の分まで幸せに生きることが最善の供養になるのだから」といった助言や叱咤激励は、かえって当事者の気持ちをひどく傷つけるばかりであるからです。

死別の喪失体験においてもっとも大切なことのひとつに「その人自身が自分の哀しみも含め、あらゆる感情としっかりと向き合える環境の確保」があります。

グリーフスパイラルにおける「諦め」は、時間の経過とともに、その人自身が他の何者にも左右されず、自ら自己と故人との関係性を深く見つめなおすことで生ずる視点です。求められる援助には応えつつも過度の介入は慎み、出来るだけ見守るスタンスを保ちたいものです。

2)支援の程度を見直し自分で決断していけるよう支える

死別による喪失悲嘆には多くの支援が必要であり、差し出される手に甘えることも、すがることも、自分自身とその生活を取り戻すための大切で有効な手段です。とは言え、いつまでたっても、他からの支援に頼り切っていては、自分の人生を本当の意味で生きることにはなりません。

大切な人を失えば、ややもすると依存的になってしまいがちです。時にお酒やギャンブルに走ったり、特定の誰かに寄りかかり辛さを紛らわしたい心境に駆られることもあります。

人間である以上、誰しも間違いをおかすことがあります。この世に完璧な存在など、誰ひとりとしてないのです。しかしどんなに辛くても悲しくても、私達一人一人に自分自身の人生を生きる権利と責任があります。自分自身で自分の人生の舵を取り、生活をコントロールする感覚を取り戻すことが重要です。

「諦め」の側面は「このまま泣き暮らしていても仕方ない」「自分はこの後どうやって人生を過ごしていけばいいのだろう」と、自身の人生の建て直しにようやく想いを巡らせる機会でもあります。

死別による喪失体験によってこれまで長く手放していたことを、再び自分の手でとりしきろうにも、うまくいかないことも多々あるでしょう。せっかく本来の自分の生活を自身で取り戻そうと努力し始めたにも関わらず、以前と同じようにできない自分がつくづく嫌になり、自己嫌悪に陥るケースも少なくありません。

思うように元の自分と同じレベルでこなせなくても、自らが自分でやろうと再び立ち上がったことに、大きな意味があるのです。できなかった結果ばかりに目を向けることなく、何もかもに気力を失っていたところからの決意とその実行に、深く敬意を払い寄り添っていきたいものです。

3)生活リズムを整え、心身の調整をはかる

「諦め」は、長かった休息から目覚めはじめ、次に向かうための局面です。とはいえ、死別喪失による悲嘆とその反応により、長らくその活動性は低下した状態であることが多く、心身の機能低下が想定以上であることも多いでしょう。

精神的に気力が欠乏していたり、心理的に落ち込みやすくなっていると同時に、身体面でも筋力や柔軟性が著しく低下している可能性があります。特に高齢であればあるほど、また自宅に引きこもっていた期間が長いほどに、そのリスクは高いと言えます。

死別による喪失を体験する前の生活態度を少しずつ取り戻していく上で、心身の調整はとても大切です。このメンテナンスが十分でないままに、生活リズムや行動範囲だけが拡大していくと、思わぬ怪我や病気、事故等につながりかねません。

これから先の未来をその人なりに切り拓いていく上で、その心身をより健康に維持していく努力はとても重要です。死別による喪失悲嘆によって不規則になりがちだった生活を見直し、負担のない範囲で健康的な習慣をひとつずつ取り戻していくことを支援していきましょう。

具体的には食生活や運動習慣をより充実させたり、住環境を整備するなどを、ひとつひとつ丁寧に必要な部分のみを手助けする関わりが大切です。

 

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講座で学べる5つのこと

●グリーフケアとは何か

●自分自身の哀しみを認める

哀しい話を伺うときの4つの心得

喪失体験による身体の変化

7つの悲嘆の局面と関わり方

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。