(以下の体験談はご本人にご了承を頂き、記述させて頂きました。すべての方に当てはまるものではありませんが、喪失体験における「諦め」に触れる一例として紹介します。)

グリーフスパイラル「諦め」事例: 『突然の事故で長女を亡くして』

突然の連絡を受け駆けつけた先に……

Mさんは小学校に通う女の子2人のお母さんでした。ある日の勤務中突然、職場に自宅から一本の電話が入りました。「長女が下校途中で大事故に遭い、救急搬送されたらしい」との連絡を受け、急ぎ告げられた病院へと車を走らせたのです。

どこをどう走ったのかも思い出せないほどに気が動転しつつも、なんとか無事に搬送先の病院へと到着しました。そんなMさんの目に飛び込んできたのは、変わり果てた長女さんの姿であったそうです。

そこから先の光景については「とても思い出せない」とMさんは仰います。ただ事故の加害者となった初老の男性が泣きながら謝り続けていたこと、その男性に向かって怒りをあらわにしていたご主人の姿だけが断片的な風景として残っているそうです。それよりも何よりも、朝、元気に登校していったはずの我が子が、あの可愛らしかった笑顔が腫れ上がり、本人とは判断しがたい姿で冷たく横たわっていた光景だけが、鮮明に今も脳裏に浮かび胸を痛めると言われます。 

交通事故の原因は、横断歩道を渡る長女さんの姿に、運転していた男性が気づくのが遅れた不注意によるものでした。その日は小雨が降る曇り日で、視界も道路状況も悪く、直前に踏み込まれたブレーキは効なく、長女さんの体は傘と共に大きく跳ね上がり、地面に全身を強打され、ほぼ即死であったそうです。

まさかあの子が私より先に逝くなんて……

初老の男性は近所に住む顔なじみで、何度もMさん宅に謝罪に訪れました。最初は、まだ思春期にも満たない我が子が親の自分より先に死ぬなど、Mさんは全く受け入れることができませんでした。ただただ長女の遺影の前で呆然とする日々を送ったそうです。

季節は巡り、長女さんの同級生達は皆、中学校に進学しました。楽しげにセーラー服姿で登校する姿を自宅の垣根越しに目撃した瞬間、抑えようのない嗚咽をもらしながらMさんはその場に崩れ去りました。

あの日の数日前、同じ制服を試着し嬉しそうにふりむいた、かつての我が子の姿が強烈に蘇り、抑えがたい怒りで胸が焦がれる心地に見舞われたのです。


どうしてあの子だけが!どうして私だけが!!

本当ならばあの子も今、あんな風に友達と元気に登校していたはずなのに。あの日の朝、朗らかな笑顔でいつもどおり「行ってきます!」と元気に家を出たのに。まだ人生が始まったばかり、これから先、楽しいことがまだまだある青春時代が始まる入り口で、どうして……どうしてあの子だけがその未来を奪われなくてはならなかったのか?

考えれば考えるほどにこの世の不条理が許せず、いても立ってもいられないほどに苦悶し、その日から家中のカーテンを閉め、夜以外は買い物にすら出ることができなくなりました。

やりがいを持っていたはずの仕事も、長女さんが亡くなられてより一度も出社することなく退職となりました。同僚や上司からは「いつでも戻ってきて」と言われたものの、とてもそんな気持ちにはなれなかったそうです。

果てしない孤独と絶望の果てに。

自分はこんなにも悲しみで身が引き裂かれそうであるのに、なぜ自分以外の人は皆、以前と変わらない毎日を過ごせているのだろう。自分だけが世界から取り残されたような、たとえようのない孤独に閉じ込められている気がする。

一緒に悲しみに暮れているはずの夫ですら、毎日会社へと出かけ、仕事をし、帰宅する毎日を過ごしている。他人ならまだしも血肉を分けた我が子の命が奪われたというのに、なぜあんなにも平然としていられるのか?これが父親と娘の絆なのだろうか?お腹を痛めて産んだ母親とはどこか、つながりに違いがあるのか?

それより何よりも許しがたいのはあの加害者ではないか。娘はちゃんと横断歩道を渡っていたというのに、なぜ通学路でもある交差点でもっと注意深く運転しなかったのか。どれだけ謝ろうとも娘の命は二度と帰ってこない。私よりもずっと年上のあの加害者こそ、娘の代わりに死ねばよかったのに。

いっそ変われるものなら私が代わってやりたかった。かわいいあの娘のためならば、この命を惜しいとも思わない。私が経験してきた人生の喜びの多く……恋愛や仕事、結婚、出産、子育て等の体験のないままにあの世へと旅立たねばならなかった無念を思うと本当にいたたまれない。守ってやれなかった自分はなんと母親として不甲斐ないのだろう。

Mさんにとって他人にはとても打ち明けがたい様々な葛藤が胸中を常にかけめぐり、戻れないあの日のことを一日中思い悩む日々が続きました。ある時は加害者を、または夫を、あるいは世の中を責めたい気持ちに囚われ、ある時はそんな自分が嫌になり、自身を罰したい罪悪感に駆られる。

明るく社交的な女性であったはずのMさんのかつての面影は失われ、長女さんとの死別以来、一気に歳をとってしまったような気がしました。鏡を見るたびに実感し、鏡を見ることすら辛くなる。そんな毎日を過ごしていたMさんの目に、長女さんとは歳が離れた姉妹である次女さんの作文が、ふと目にとまりました。

「お母さんやお父さんに喜んでもらえるような私になりたいです」

成長する妹と年をとらないお姉ちゃんと……

ふりかえればまだ幼かった次女さんも、まもなく長女さんの享年に近づいていました。優しかった長女さんは、妹さんである次女さんのことをとても可愛がり、いつも一緒にいることが多い仲の良い姉妹だったそうです。

「私がこうして嘆き悲しみ続けていた間にも、次女はこんなにも大きくなって……幼い頃はわがままで泣き虫で甘えん坊なお姉ちゃん子だったのに。長女を亡くして以来この数年間を、あの子は手のかからない良い子で通してきた。思い返せば次女はあの日以来、常にこちらを気づかう穏やかな笑顔しか見せていない気がする。長女にはやってきたはずの色んなことを、あの子には何にもしてやれないままに、どれだけの時間が経ってしまったのだろう?」

亡くなった長女さんは幼少時から、学業もスポーツも得意な活発なお姉ちゃんでした。母親としても自慢の娘で、家のいたるところに様々な表彰状やトロフィーが飾られていました。

姉である長女を失って以来、妹である次女はどんな思いでこれらを眺めてきたのか?失われた姉の代わりをなんとか必死に務めようと、がんばり続けてきたのではないか?姉を失わなければきっと、もっと自分らしい少女時代を過ごせていただろうに。自由に生きられないままに今を、子どもなりに必死にやり過ごしているのではないか?

「大切な長女を失った哀しみのあまり、次女の成長に以前ほどは心をかけてこなかった」という後悔で、Mさんは胸中を鋭く突かれる思いがしたそうです。

「次女はこれからも姉を追い越し、どんどんと育っていく。その一瞬一瞬の成長変化は本来、かけがえのない二度とはとりかえせないものであるはず。今はこの世にない長女の残した思い出のひとつひとつが何者にも代え難い宝物であるように、目の前で生きている次女が過ごす今も同様に、かけがえのない宝物なのだ」


 

ようやく長女の死を受け入れることができた

長女さんとの死別以来、注意を払えずにきた次女さんの成長を目の当たりにすると同時にMさんはそのように痛感しました。そうして「この先はもう二度と亡くなったあの子は歳をとることがないのだ」と思い知らされたそうです。その現実を目の当たりにした途端、胸につかえていた何かが一気に堰を切るように、Mさんは静かに涙を流したと言います。

のちにふりかえってみたMさんは「あの時ようやく、長女の死を受けいれることができたような気がする」と語られました。Mさんにとってはその区切りが、長女さんとの死別に対する「諦め」の局面であったのでしょう。

内側にある哀しみは変わらないままに……

ここまでMさんの長女さんを亡くしてからの様々な心理過程を記述しました。「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」の局面は、「それらが順番に段階を経て起こる」ということではありません。それぞれの局面を行きつ戻りつ、時にスキップしながら歩んでいきます。

内側に「哀しみ」を抱えていることは変わりないまま、少しずつ「再生」への道のりへと向かう。同じところをグルグルと巡っているようでいて、着実にその人なりに次のステージへと変化している。それがグリーフ専門士協会が掲げるグリーフスパイラルのモデルです。

大切なあの子からのメッセージ

その後Mさんは、少しずつ長女さんが遺してくれた思い出の品の数々を、整理する作業に取りかかりました。脳裏に蘇る鮮やかな在りし日の光景に想いを馳せながら、一枚一枚、賞状や写真を丁寧に片付けていく中で、ある一枚の絵に特に心を奪われました。

それは亡くなった長女さんがまだ小学校にあがる前に、母の日に寄せて描いたMさんの似顔絵でした。そこにはこぼれんばかりの笑顔でニッコリと笑うMさんが描かれ、たどたどしい平仮名で「ままだいすき」と書かれていました。

その一枚を手にとった瞬間Mさんは、それらがまるで今まさに長女さんから送られてきたメッセージであるかのように実感されたそうです。

「『お母さんの笑顔が私は大好き。だからいつまでも、いつでも笑っていてほしい』そんな風にあの子から声をかけられているように思えてなりませんでした。まだ心から笑えるような状態では到底ないけれど、あの子がいつも見てくれていると感じながら、残された家族との日々を大切にしていきたいと思います」

静かに微笑みながらそのように語って下さるMさんの眼差しには、これまでにない強い決意が感じられました。

<追記>

「大切な存在を失った」という事実を現実として受け入れることは、言葉では言い表すことができない困難さがあります。「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」の局面では、出口の見えない「哀しみ」の迷路を、何度も彷徨う心境に誰もが陥ります。

どれだけ迷っても抗っても責めても足掻いてもどうにもならないのだと身を以て知らされるのが「諦め」の局面です。一足跳びに「諦め」に至ることは難しく、様々な過程を経てきたからこそ行き着くひとつの分岐点でもあります。

Mさんは現時点ですでに、ご自身で「再生」への道のりに向かっている実感を持たれています。そのため今回このように事例として紹介させて頂く際に、「諦め」の局面から次の「転換」「再生」へ向かう道筋までを続けて記述しました。

どこからどこまでが「混乱」で次はここまでが「否認」というように、目には見えない心の過程を線引きすることはできません。ですが、あとでふりかえってみた時に「再生」へと向かう出発点として、もっとも明確な自覚を持ちやすいのが「諦め」の局面であると言えるでしょう。

(次回は「転換」の局面についての解説から始めます)

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。