グリーフスパイラルとは

死別体験で起きる心の変化には、具体的にどのようなものがあるでしょうか?これまで日本グリーフ専門士協会で提唱する「グリーフスパイラル」という心理モデルについて解説してきました。 

内側にある「哀しみ」を一次感情とし、「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」「転換」、そして「再生」へと、様々な感情が沸き起こるのが喪失悲嘆とその反応(グリーフ)における心理過程と言えます。

「哀しみ」には、愛おしい、悲しい、寂しい、辛い、苦しい、悔しい、怖い、不安、心配、落胆という複雑な感情が入り混じっています。喪失体験による「哀しみ」はグリーフにおける心理過程のいちプロセスではありません。様々に移りかわっていく状態の根底に、常にあるものです。

心の奥に「哀しみ」を抱えている人は、様々な感情の局面を段階的ではなく、順番通りではなく、沸き起こるいろいろな反応に対峙しながら、「再生」へと向かっていきます。グリーフケアに関わる側としては、その喪失悲嘆がどのようなケースであったとしても、その人なりの再生へと向かっていることを信じ寄り添っていきたいものです。

これまで「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」について、それがどのような心理で、支援するにどのような対応が望まれるかについて紹介しました。今回は、「転換」の局面について触れていきたいと思います。

グリーフスパイラルにおける転換とは

「混乱」「否認」「怒り」は、受け入れがたい大切な存在との死別を、どうにか受けとめようとする激しい葛藤の中で生じる反応とも言えます。「諦め」は持てるエネルギーの全てを使い果たし、ようやく受け入れがたい死別を事実として認めようとする局面です。さらに「転換」は、再生に向かっての具体的な行動を少しずつ取り組んでいく局面で、対外的には以前よりも活動的に見えるからこその配慮が必要な時期でもあります。

「転換」は遺された立場として故人を偲び、気持ちを整理する作業を始めようとする局面です。「故人との思い出の場所を訪れ供養とする」「故人の遺品を整理し、思い出の品の形見分けを行う」「故人の願っていたことを思い出し、自分が代わりに果たそうとする」などその人それぞれに異なったアプローチで、行動実践によって気持ちの整理を図ろうとします。

転換期には、自ら考え起こした行動やそこから新たに得られた感情によって、「故人や周囲の人との和解」「過去の過ちに対する償い」などが完了することもあります。故人に対し果たしてきた、あるいは果たしたいと願い続けてきた役割から一度離れ、自分中心の生き方を模索し出すこともあります。

転換期の注意点

1)内側に深く抱えた哀しみがあることを忘れない

深い哀しみや理解されがたい葛藤に長らく沈んできた状態から、少しでも自分を取り戻し回復させたい一心で、必死に行動を起こしている局面が「転換」期です。故人や故人を失ったことに対する心の整理をするための作業や行動に始まり、徐々に趣味を始めたり、何らかの交流の場に足を運ぶなどの変化が見られます。それらの趣味や外出は、もともと親しんでいたものを再び始めることもあれば、まったく新しいものにチャレンジすることもあります。

とくに配偶者やお子さんを失った場合は、それまでの社会的なつながりの多くを断絶しやすい側面があります。夫婦でともに参加していた趣味や社交の場は「失った伴侶との思い出がありすぎて辛い」「仲良さげに語らう他のご夫婦の姿を見ると、自分の孤独が一層思い知らされる」と言った心情から、遠ざかりたい気持ちで一杯になる方も多いようです。

また子どもを縁につながっていた保護者会や習い事関連も同様に、「元気だった我が子の姿ばかりが思い出されて涙が出る」「他の子は成長していくのに、亡くなった子はもう享年のままに変わらないと思うと、切なくてたまらない」という気持ちでいたたまれず、足を運べなくなる方も少なくありません。

時間が経つにつれ、「故人と共に大切にしてきた縁やつながりを大切にしたい」「故人が大好きだったものを大切にすることで喜んでくれる気がする」という気持ちが芽生え、それまでとはちがった気持ちで思い出深い場に向かうことができる日もあるかも知れません。ですが、そうした心情に至るまでには相当の心の整理とそのための時間が必要です。激しい葛藤を抱えながら、揺れる気持ちを諌め回復しようともがいている内面は、他人からは見通すことができません。

ふさぎこんで見えることが多かった以前と違って、対外的には積極的な行動が見られるようになったとしても、その内側には変わらず深い哀しみがあります。なんとかしたい一心からの必死の行動である内情を理解し、寄り添っていきたいものです。

2)周囲の声に思いがけず傷つきやすいことに注意する

内側には深い哀しみが変わらずあることに気づかず、「ずいぶん元気になったわね」「もう立ち直ったの?」というような安易な声かけを浴びてしまいやすいのが「転換」期です。そのような無配慮な言動は心に矢のように深く突き刺さり、ズタズタに引き裂かれ、いつまでも忘れがたい痛手となって残ってしまいがちです。

「私がどんな思いでここまで耐え忍んできたかを少しも分かってもらえない」「こうしてやっと外に出られるようになるまでの苦労や苦悩に対し、まったく配慮がなさすぎる」「あんな心ない言葉を吐ける人の顔など、もう金輪際、二度とは見たくない」等、そのような仕打ちに憤慨する声は実に多く聴かれるのです。

とはいえ、そのような関わりをしてしまう相手に悪意や悪気がないことは頭では理解できるために、面と向かって文句を言うことすらできない。そして言葉にできないからこそ尚更、心にずっと残ったまま、いつまでも許すことができず本人を苦しめてしまいます。

そうした無遠慮な声かけをしてしまいやすいのは実は、旧知の仲であり続けた友人や近所の人、また医師や看護師、介護職などの専門家であったりすることが少なくありません。

長年の親友や旧知の友人は、本人をよく知る気安さや、心の距離が近いと感じるからこその「なんとか励ましたい」の思いから、つい「元気になった」「回復した」の評価を本人に押し付けようとしがちです。特に本人がもともと社交的であった場合などは、喪失悲嘆により落ち込み、自宅に引きこもりがちとなる状況を周囲が心苦しく捉えてしまいます。そのために少しでも本人が死別喪失を抱える前の行動パターンを取り出すと、自分自身が安心したい気持ちも加わり「もう元気になってくれたのだよね?」「回復したと思っていいでしょう?」の確認作業に走ってしまうのです。

ところがそのような言葉かけは、前述のように本人の心情をかえってひどく傷つけてしまうため、場合によっては長年の友情にも修復しがたい亀裂をもたらしてしまいます。 

近所の人もまた、滅多に外出しなくなった隣人を案ずるからこそ、久しぶりに見かけた際にやはり、願望と現状確認を兼ねた「元気になった」「回復した」を口にしてしまうことが多いようです。そのような言葉は「本当はこんなに辛いのに誰にも理解されない」と一層の孤独感を募らせてしまいます。そうした不適切な言動や関わりによって、再び自宅に引きこもりがちになってしまった例も、実はよく見られるのです。

医療者や介護職などがかける言葉の中には、上記のような友人・隣人としての「期待の押しつけ」とはまたちがった負担を強いるものがあるようです。「もう(死別を)受け入れることができましたか?」「今の落ち込み具合は、以前に比べるとずいぶんマシですね」と言った評価に、「言いようのない怒りや失望を感じた」と言われた来談者もありました。

死別によって引き起こる喪失悲嘆は、人間である限り誰にもあり得る自然な反応です。よって「悲しんだり落ち込んだりしているのは良くない」と決めつけることは本来、非常に不適切な態度です。にも関わらず「そろそろ受け入れ、立ち直ってもらわないと困る」といわんばかりの高圧的な態度をとってしまうケースが、専門家と呼ばれる職種にも少なくないのです。

「あの時のあの一言だけは生涯、頭を離れないと思います」「もう二度とあの病院へは行きたくない。あそこに世話になるぐらいならもうどうなってもいい」と、何十年経っても消えないわだかまりを抱えてこられた方に、グリーフカウンセリングの現場で出会ったことが私は何度かあります。 

それらのようなあまりに無配慮な言動でなくとも、「(死別直後に比べて表情が)ずいぶん良くなられたようですね」「(お亡くなりになったのは)もうそんなに昔でしたっけ?」といった、特段失礼ではないと思われるような言動であっても、ご遺族の心情によっては傷ついてしまわれることもあり得ます。

「前より良い」と言われると「以前はそんなに悪かったのか!」「自分なりに精一杯明るくふるまっていたつもりなのに…」と落ち込んでしまう人もあります。「ずいぶん昔」と言われると、「私は毎日遺影の前で泣き暮らし、長い一日をやっとの想いで過ごしているのに。他人にとってはとっくに過ぎ去った出来事に過ぎないのか!」と寂寥感をより募らせてしまった方もありました。

3)声をかけるよりジャッジしない在り方を心がける

何を言っても傷つく可能性が高いのならば、どう接したらいいのか皆目見当がつかない。「一体どんな言葉かけをすればいいのか?」と悩む方もあるかも知れません。実際、病院や施設で実施するグリーフケア研修では「どのような声かけが効果的でしょうか?」の質問がもっとも多く寄せられます。

喪失悲嘆を抱える人に対し、どんな場合でも有効な、心が癒され痛みが軽減されるような「魔法のひとこと」は残念ながら存在しません。その人その人によって状況も心情も大きく違いますから「誰もに通用するような決定打的な言い回し」など存在しないといっていいでしょう。

とはいえ、まず言わない方が良いだろうという一言はいくつか存在します。その多くはたいてい、支援する側が自分の判断で下す「評価」であることがほとんどです。

「元気になった」「回復した」「そんなに泣いたら故人が悲しむ」「(亡くなった子以外にも)きょうだいがいて良かった」「まだ若いのだし、そろそろ再婚してもいいのでは?」等々。それらはみな、死別による喪失悲嘆を抱えるその人自身の心情とは一切関連がない、そのような言葉を発する側の「勝手な判断」にすぎません。 

その人の抱える哀しみはその人自身にしか毛頭わかりません。「出会って間もない他者からかけられた『心情お察し申し上げます』の一言に愕然とした」と言われた方もありました。その人がどのような心境にあるかなど誰にも分かり得るはずがない現実を十分ふまえ、相手の心情や状態を勝手に解釈して深く傷つけることだけは避けたいものです。

 4)食生活をはじめ、健康管理にも十分気を配る

「転換期」は新しいことを始める、再び外に出るようになる、などの行動面での変化が目立つ時期です。死別による喪失体験を境目に「長らく自宅に引きこもりがち」「食べるものも食べず食が細くなっている」「夜も安眠できない状況が続いている」場合などは特に、体力や筋力が著しく低下している可能性があります。

少しずつ以前と同じような活動を取り戻していくことは、健康上望ましい変化ですが、体がついていかずに思わぬ体調不良に陥る場合も少なくありません。

日々の活動性に見合った食事や睡眠が確保できているか、久々の外出に耐えうるだけの体力が保持されているかどうかについても、さりげなく確認した上でのフォローがあると安心です。

(次回は「転換」期の後編、実際にあった事例についてご本人の了承のもと紹介させて頂きます)

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。