大切な人を死別により喪失した心の内側は常に、哀しみで溢れています。

愛おしい、悲しい、寂しい、辛い、苦しい、悔しい、怖れ、不安、落胆など、複雑な感情が入り混じり、それによって様々な反応が引き起こる状態が喪失悲嘆(グリーフ)です。根底に常にある「哀しみ」を一次感情として、様々な反応が二次的に引き起こります。

日本グリーフ専門士協会では、上記のような死別による喪失悲嘆の心理過程を7つの局面にまとめ、『グリーフスパイラル』と名づけました。内側には常にある「哀しみ」を一時感情に、「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」「諦め」「転換」などのいろいろな局面を経て「再生」へと向かっていきます。それらの変化は順番通りにステップアップしていくのではなく、人それぞれにイレギュラーな変化を辿ります。

大切な存在を失った哀しみがゼロになることはありません。何らかの形で移りゆく喪失悲嘆を心の内側に抱えながら、その人なりの自分らしく生きる術を取り戻していく。それがグリーフ(喪失悲嘆とその反応)における再生と言えるでしょう。

医療や介護従事者、葬儀や葬送、生命保険に携わる職種、心理やメンタルケアに従事する専門家等、喪失悲嘆を抱える人に関わる立場には、いろいろな人があります。そしてその多くが、「混乱」「否認」「怒り」「抑うつ」に暮れる姿を目の当たりにし、「どのように関わればいいのかわからない」という悩みをもっています。長期に継続して関わることにより「諦め」「転換」の局面に触れる場合もありますが、「再生」に至るまでの経緯を見届ける機会はあまりありません。

誰の人生にも喪失体験は幾度となく訪れ、誰もが耐えがたい悲嘆からその人なりの自分らしさを取り戻していく過程を歩みます。それらの経緯にはひとりひとり、まったく異なる独自の物語が存在します。

今から私がグリーフカウンセリングの現場で出会った再生に至る物語を、ご本人の了承のもとに公開します。カウンセリングとして多くの対話の中で生じたやりとりのまとめを、本人による一人語りというスタイルで要約しました。(個人が特定されないよう、状況や場面設定を実際とは種々に変えてあります)

昔の光景が蘇り意味づけが変わるーそのような転換が多くの方の人生史に引き起こるのを、これまでグリーフカウンセリングの現場で目の当たりにしてきました。今後も本人の了解が得られるものについては紹介していきたいと思います。


母との確執が父の死別を経て修正された事例

先の見えない喪失悲嘆に翻弄されながらも、人は必ずその人なりの、人生を再び取り戻すことができる。そのような希望が一筋でも感じられるよう、実体験からの分かちあいを「ある女性の手記」という形で紹介します。

ずっと辛かった、厳しい母の躾(しつけ)

私は幼い頃から、自分に対してのみ母の躾が厳しいことを辛く感じてきました。私の母はある事情から、他人との意思の疎通にとりわけ苦労してきました。母は少しでも周囲に迷惑がかからないようにと常に気を配り、一生懸命に生きていました。勤労第一主義の母にとって、のんびり屋でマイペースな私はふがいなくて仕方なかったのでしょう。何事においても厳しく躾けられ、結果が期待に添えない時はこっぴどく叱られました。

生来の私は映画や本、絵を描くことが大好きな繊細な子どもでした。しかしそうした特性を周囲に理解してもらえる機会はあまりなく、思春期の後半に心身の不調を来たし、入院も何度か経験しました。ですがそんな私を理解してくれる夫と出会い、結婚。2人の子供が生まれてからはあっという間で、親元を離れてから実に30年以上が経過していました。そんなある日、実家の父が病に倒れたのです。

父の死によって直面した、幼き日の怒り

父は気丈な母とはちがい、朗らかで誰に対しても親切な、おひとよしな性分でした。人から騙されたり、いいように扱われたりするなどの苦労も絶えなかったようです。家の中での主導権は常に母にありました。家庭内で絶対権力をふるう母に気弱な父が従う。その上下関係は、父が亡くなるまで変わりませんでした。

父は余命半年と告げられてから徐々に体力を失い、ちょうど宣告通りの半年後にこの世を去りました。誰よりも私に優しい、というよりはむしろ甘いぐらいだった父が、肉体的に消滅してしまった喪失感は言葉で言い表すことができません。

私もすでに還暦間近であり、命ある存在が寿命を迎えることは世の常であり、たいていの親は子よりも早く死ぬのが自然の摂理です。どんなに悲しくても辛くても、ここからどうにか自分で這い上がらなければならない。…頭ではそう考えることができても、心はどうにもできずに、底の知れない苦悶に深く沈み込む日々が続きました。

在りし日の父の面影を探し続け、過去の光景を何度も反芻しました。幼少の頃からいつも優しかった父は、私の発病後はさらに、いろいろなモノを買ってくれるようになりました。父からの贈り物は私が結婚してからも続き、機会ある毎に小遣いをくれたり、季節の品を贈ってくれたりしていました。

父の遺品の中には、私の元へ贈るために定期購入してきた品々のダイレクトメールがたくさんありました。私はそれらひとつひとつの発送元に電話をかけ、父の死を告げると共に、ハガキや封書の配送停止を依頼し続けました。

3桁に近い連絡先に電話をかけるうち、次第に、得体の知れない怒りがフツフツと沸いてきました。断りの文句を入れる口調もだんだん激しくなってきて、自分でも「あぁなんて、強気な言い方なのだろう」と思いつつ、受話器をガチャンと置かずにはいられませんでした。

その後(なぜ自分はこんなにも腹立たしいのか?)について自分なりに考えてみて、ふと、思い当たる節を発見しました。私は、いつも私に優しく接してくれる父が大好きでした。その一方で、母が厳しく私を叱る際には、少しもかばってくれなかったことに対して、ずっと怒ってきたのです。色々な物を買い与えてくれるよりももっと、父親としてやってほしいことがありました。それは母が私を叱りすぎる際に、私を守ってくれることでした。

ダイレクトメールの送り主らに対し強気で断りを入れた行動は、今思えば父にぶつけられない怒りを八つ当たりしてしまったようで、とても申し訳なく感じます。第三者的にでも怒りを吐き出す先があったことで、いくらか私の心は落ち着きました。 

ずっと忘れていたあの日の光景が蘇る

私は心のどこかで、父のことをずっと「優しいけれどたよりがない」「肝心な時に守ってくれないで、その罪滅ぼしに色々と甘やかしてくるダメな父親だ」と、どこか蔑んでいました。そしてそのような怒りを自身が抱えてきたことに気づいてからは、父はどういう思いで私と母を見守ってきたのだろうか?ということに想いを馳せるようになったのです。

父と自分、父と母、父から見た母と私、それぞれの関係性について今までとはちがった視点で見つめ直すようになったある日、ふと忘れがたい光景が脳裏に蘇りました。それは私が小学校の頃、母に海岸で突き落とされた記憶でした。

私は芸術面に秀でた面がある一方で、スポーツはあまり得意ではなく、とりわけ泳ぐことが大の苦手でした。そんな私を見かねた母が、ある夏の日、小学生だった私を無理やり海に投げるように放り出したのです。私にとっては長年、思い出すたびに恐怖が蘇る特別な記憶です。

しかし久しぶりに夢で見たその光景には、今までとはちがう着目点がありました。それは私を突き飛ばした後に海岸で仁王立ちする母の服装です。恐ろしく真剣な形相で私を見つめる母は、自身も水着を着用していたのです。

「あの時、もし私が溺れたら…。母は命がけで助けるつもりだったのだ」

そう感じた瞬間、胸に熱くこみ上げるものがあり、両眼から涙がとめどなく溢れました。あの夏の母は本当に恐ろしかったけれど、あの猛特訓以来、たしかに私はいくらか泳げるようになったのです。

厳しさの中に常にあった母の愛を感じ、これまで抱えてきた親に対するいろいろな気持ちが洗い流される心地がして、とてもスッキリしました。

父は、母が怖くて私を守ってくれなかったわけではい。不器用なりにも私を案じ、必死に行く末を念じる母の心を理解していたのだろう。そして父も父なりに、そんな母を支えながら親として、精一杯の愛を私に与えてくれてきたのだ。そして私も私なりに、親の願いや期待に精一杯応えようとしてきた。

自分の人生に起きた不都合のすべてを親のせいにするのは、もうやめよう。たとえ誰がほめてくれなくても、私自身が私としてがんばってきたことを自分で認められたら、それでいいじゃないか。そんな風にも思えてきて、心がスッと軽くなりました。

それ以来、私と母との関係性はずいぶん変わりました。あいかわらず母の口調は厳しく、その辛辣さに腹を立て傷つくこともあります。ですが、父がいなくなった今、今度は私が母の気持ちを少しでも理解していきたいと思うようになりました。今もきっと見守ってくれているにちがいない父に心配をかけないよう、これからは母を大切にしつつ、私自身が幸せな家庭を築いていきたいです。

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前川 美幸(まえかわ みゆき)

前川 美幸(まえかわ みゆき)

日本グリーフ専門士協会理事。老人保健施設での介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、現在は終末期医療に従事。看護・介護の現場の両面からグリーフケアを伝えている。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から2018年6月にかけ、グリーフケアに関する連載を担当。