記念日(アニバーサリー)反応とは

記念日反応とは、故人との思い出が多い季節や故人のことを思い出すことが多くなる時節に、精神的に落ち込んだり感情が不安定になったり体調を壊したり等、心身に引き起こる様々な反応のことです。

また明らかに自覚できる症状以外にも、たとえば集中力が続かずに仕事上のミスが続いたり、あるいは不注意からの事故や怪我などにつながることも『記念日反応』にはありえることです。

最も激しく起きるタイミングは、初めて迎える命日だと言われます。ですがそれ以外にも、毎月ごとや毎年ごとの命日に起きる場合もあります。また年末年始のクリスマスやお正月など家族行事が集中する時期にも起きやすいと言われます。

また死別以外に、事故や災害その他、命の危機を感じる災害に遭遇した人が、あるタイミングになると生ずる記念日反応もあります。当時の自分が死にかけた体験が、今まさにここで起きているかのように感覚的に再現され(フラッシュバック)、生活や仕事に大きな支障が出てしまいます。

大切な存在を失うと、誰にも次のような反応が引き起こります。クリスマス、大晦日・お正月、結婚記念日、自分の誕生日、故人の誕生日、災害があった日などが近づく度に、故人と一緒に過ごした光景や情景を思い出すことが増えます。そして今はもう二度とは戻らないことが実感され、たとえようのない喪失感に心が打ちひしがれる心地がするのです。

突然の交通事故で、恋人を失ったら… 

事故により恋人を突然失ったある女性は、一周忌を前に何度も当時の光景が思い出されました。夜ごとに寂しさや悔しさ、悲しさ、腹立たしさ、恋しさなどの様々な感情が一気に押し寄せ、ひとり苦悶したそうです。あの日病院で遭遇した恋人の傷つけられた顔が、なんども脳裏に蘇りいたたまれない気持ちに襲われました。

まるで大地が揺れるかのような異変を感じ、足元がグラグラと不安定になったといいます。また自分の車が事故で大激突する夢を見ては、夜中に何度も飛び起きることもありました。目覚めた際には冷や汗びっしょりで翌日は何も喉を通らず、心臓がドキドキする感じがずっと続いたそうです。

そのような経験をすると誰しも「自分はおかしくなったのではないか」と不安を感じます。ですがこうした「記念日反応」は、大切な存在を失ったりや生命が脅かされるような体験をした人には当たり前のように起きる反応です。

記念日反応をやり過ごすための4つの対策

早い人は「記念日」の一ヶ月ほど前から、心と体になんらかの違和感を感じることがあります。本人にとっては大変辛いことですが、周囲にはなかなか理解され難いため尚更、孤独が募ります。

仕事上のミスや身体の不調、怪我など実生活に支障がでるケースも少なくないため、ある程度の対処法を考えておくことが大切になります。この時期を上手にやり過ごすために効果的な対策をこれから4つ紹介します。少しでもこの日を楽に過ごすヒントになり得ましたら幸いです。

1、記念日反応が起こるということを知っておく

まず大切はことは「記念日反応というものがあり、誰にも起こり得る」ことを理解することです。そして自分自身にどのような記念日反応があるかを知り、そのような反応を起こす自分自身を受け入れ許すことが大切です。

東日本大震災の後に都内に転職した友人は、毎年3月11日が近づくと普段はしないようなミスを繰り返し「いったい何やってんだ!」と日に何度も上司に怒られたそうです。特に最初の2〜3年間は3月に入るタイミングで不安が募り、いつも気がそぞろになっていたといいます。食欲も減退し夜もよく眠れず、少しうたた寝しては何かに襲われた心地がして何度もとび起きることが多くなりました。

このような症状はけっして特別なものではなく、災害を経験した多くの方にあらわれるものです。「記念日反応」がどんなものであるかを知っていることで「自分はおかしいのでは?」という不安を払拭することができます。そしてどのようなタイミングで起こるかがわかれば、次の2〜4の対策を講ずることも可能です。

2、記念日に対処する活動や持ち物を準備する

2つめにできる対策は、記念日に何をするか?についての予定をあらかじめ立て、そのための準備を具体的にすることです。行動を実現するための持ち物も事前に準備しておきましょう。不安を和らげるための、心身が喜ぶようなアクションを自分のために準備することが大切です。

ゆったりしたクラッシックをハーブティーを飲みながら聴く、大好きなスイーツを楽しむ、ずっと観たかった映画を何本もDVDで借りる、なども対処法のひとつです。心地よい匂いに囲まれ、好きな音楽を聴くことは、自分の不安な気持ちをコントロールする上で有効です。軽い運動をすることで心が落ち着く人もいます。体を伸ばす、近所を歩く、取り組みやすい身近な一歩から始めましょう。

その際、故人への想いがより募るような、たとえば2人でよく一緒に楽しんだ共通の趣味などを選ぶと思いがけず気持ちが揺れてしまうことがあります。もちろん時間が経つにつれて、そのような思い出深い趣味を再び楽しめる日も訪れます。しかし死別直後の方や、まだそうしたものに触れる自信がないと感じる場合は、自分の感情がより安定すると思われるアクションを選択すると良いでしょう。

故人と関係なく自分自身が個人で好んでいた趣味や興味関心のあるもの、あるいは今まで取り組んだことがないけれど今やってみたいことなどを、心身に無理のない範囲で取り組んでみることをお勧めします。

記念日反応はけっして病気ではありません。大切な存在を失うという大きな痛手を背負っている誰もに起こり得る自然な反応です。やってみたら心地が良いと思われる些細な行動を予防的に実行することで、精神的な落ち込みの悪化を防ぐ確実な効果があります。

自分は該当するかも?という方にぜひ、記念日にどう対処するか?の事前立案とできる限りの実行を試してもらいたいところです。

3、信頼できる人とできるだけ一緒に過ごす

私達は危険な場面にたとえ遭遇しても、そばに誰かが寄り添ってくれることで、不安が落ち着いたり、恐怖がまぎれることがあります。それは、心の中で再現される過去の映像においても同様です。

「喜びは人と分かつと二倍になり、苦しみは人と分かつと半分になる」と、ドイツの詩人ティートゲは言いました。「自分は一人ではない、この人がそばにいてくれる」と信じることができる、そのような「安全基地」を確保することで、心は自然と落ち着くことができます。

大切な存在を失った人にとっては、失った対象の誕生日や自分自身の誕生日、クリスマス、大晦日、行事や記念日にあたるような日は、どうしても心が沈み苦しくなりがちです。

あの楽しかった情景を彷彿とさせる光景、音楽、匂い、雰囲気などを感じた瞬間に、気持ちがグッと過去に引き戻されてしまいます。かつて一緒に過ごした愛すべき存在を色濃く思い出すと同時に、今は肉体的には共にない現実が突きつけられ、悲しくなってしまいます。

だからこそ、そのタイミングで一緒に過ごす人を事前に決めておくことが大切です。あらかじめ共にある相手を確保することで、「自分はたったひとり取り残されてしまった」という絶望感を軽減することができます。

できれば亡くなった対象との別れを共に惜しんでくれるような間柄であればベストですが、その際に重要なのは相手が自分と同じような気持ちでいてくれることです。悲嘆に寄り添い共感してくれる人、安易に励ましたり助言したりせずに支えてくれる人でないと、かえって深く傷つくことがあります。

「そんなに悲しんでばかりだと亡くなった存在も浮かばれない」「落ち込んでばかりいないでもっと前を向かなければ!」といったような批判や叱咤を受けて、なおさら気持ちが沈んでしまったというケースも残念ながら少なくありません。

亡くなった対象を知る人の中に、記念日を共に過ごしたいと思えるような人がない場合は、まったく何も知らない友人知人のうち、一緒にいて楽な人、楽しませてくれたり癒されたりする人と一緒にいてもらうようにしましょう。

死別による喪失悲嘆を抱えていることを打ち明けるかどうかも、どうすることが自分にとって一番心地よいかどうか?を基準に判断すると良いでしょう。できれば明かした方が楽になる相手や状況、明かさない方が安心できる相手や状況、人によって様々な選択肢があると思います。

また記念日を過ごして楽になるような人が、どこにもいない場合も往々にしてあります。友達の多い少ないの問題ではなく、たとえ友人・知人がどれだけあろうと、死別による喪失悲嘆を打ち明けることができる関係性はまた特別な間柄と言えます。

たくさんの友達から信頼され、いつも頼りにされている。明るく愉快な人柄だと思われ、人気者である。そのような対外的評価や自己像を大切にしている人がかえって、周囲のよく知る人達に本音を明かせない。そうしたジレンマは死別による喪失悲嘆以外でもよくみられるものです。

自分自身があまり他人に対し、弱音を見せることができない。困っていてもなかなか頼ることができない性分である。あるいは自分は弱音も吐けるし人を頼ることもできる方だけど、たまたまそのようにできる間柄の友人が現時点でいない。いるにはいるが多忙で会うことができない、遠方すぎて会いに行くことも会いにきてもらうこともままならない。いろいろな理由により「誰かにそばにいてもらう」が叶わないケースも多々あります。

そのような場合は他の手段で孤独をまぎらわせることを検討してみましょう。当日会えないけれど電話やメールでやりとりできる友達を確保することもいいでしょう。リアルタイムでの共有が難しければ、あらかじめ支えとなる勇気づけのメッセージをお願いしておくこともひとつの手です。

友人・知人の間柄でなくても、好きな歌手やタレント、俳優、作家、スポーツ選手によって励まされることが私たちにはあります。憧れている芸能人、有名人、偉人など「この人の言葉で救われた」と思われる誰かを扱ったテレビ番組やビデオを見るのも、精神の安定には役立つことがあります。

心動かされ感銘を受けた本や映画のDVD、音楽CD等をあらかじめ手元に準備し、記念日の機会に思う存分見るのも有効です。感涙必至のヒューマンドラマ以上に、思わず笑ってしまうユーモアが散りばめられた作品や、アップテンポの洋楽やロックバンドで心が弾んだという方もありました。

共に過ごす相手が確保できない場合には、気に入ったテレビ番組や映画を見ることを予定に入れておきましょう。数ヶ月前からその日のために録りためておくのも手です。「あらかじめ決めておく」ことが気持ちを支える手立てになります。たとえ当日別の予定が入ったとしても、「またひとりで孤独に向かいあわなければならない」という不安に対する予防ケア的な効果を発揮します。


4、大切な亡き存在へのセレモニーを考えておく

すでにこの世から旅立ってしまったあの人(あの子)のことを考えると切なくなり、なぜ自分だけ生かされたのか、という気持ちを抱えることがあります。場合によっては生き残った自分自身を責めてしまう人もあるでしょう。

愛する存在を失えば誰もが、自分にはもっとあの人(あの子)のためにできたことがあったのではないか?と考えます。そして二度とは戻れない過去に何度も何度も思いを馳せては、あの日あの時ああしておけば…の後悔をいつまでも終わりなく繰り返してしまうことも少なくありません。

亡くなった存在のためにできることはもう何もない、と思いつめれば思いつめるほどに絶望感に打ちひしがれてしまいます。だからこそ、亡くなった方のために黙祷をしたり手をあわせたりという祈りをまずは自分のために行いましょう。

日本は宗教を信じる人口が少なく、個人の死生観も欧米等に比べると成熟していないと言われることがあります。日本古来からある神道や伝来してきた伝統仏教がどちらかというと衰退し、現世利益を謳う新興宗教の方が勢いがある面も指摘されるところです。

教会で結婚式を挙げてもクリスチャンではない。除夜の鐘を打ったり、初詣や七五三のために神社に参拝するが神道信者でもない。お葬式となるとお寺で読経し戒名もつけてもらうが、仏教徒でもない。一生涯を通してひとつの宗教を生活の基盤に置く習慣が現代日本人にはない。

そのように海外からは指摘されることも多いようですが、誰もが大切な存在を失ってみて初めて、生や死について真剣に考えるのが人間の自然な姿であるように私は感じます。

肉体的にはもう二度と会うことができない。そう痛烈に思い知らされて初めて、魂レベルでの結びつきについて想いを馳せたり、死後の世界や来世についてあらゆる自分を総動員して探索探究に出る。そのような果てなき挑戦の中で、自分がどのような価値観や人生観を持っているのか、改めて自分自身の深い内面と対峙することになります。

それと同時に今はもう会えないあの人(あの子)は、一体どこに行ったのか?今はどうしているのか?あの人(あの子)の一生はどういうものだったのか?何を大切に何を信条に生きていたのか?残された私に対し、何を伝えたいだろう?引き継いでほしいと願っているだろう?

心静かに黙祷し、想いを馳せるほどにいろいろな感情が湧き上がってくるでしょう。祈りを捧げる場がどこであれ、故人を偲ぶ行為には神聖で崇高な何かが宿ります。

自分にとって大切な人に想いを馳せることは、人生で大切な瞬間です。ふだんは忙しさに紛れ、すでにこの世にいない存在を忘れていることも時にはあるでしょう。そんな中、どうあっても思い出さずにはいられないこのタイミングに、今は亡き大切な人と心でつながろうとする機会を持つことに大きな意味があります。

何らかの宗教を信じているかいないかに関わらず、故人を偲び祈りを捧げる機会を大切にする、そのような行為を積み重ねることによって「目に見えないつながりを感じる」と言われる方が多くあります。

「この世とは別の次元からメッセージを送っているような気がする」という人もあれば、「今、ここに(魂が)戻ってきてそばに寄り添ってくれている気がする」という人もあります。人によって感じ方はまちまちですが、自分なりのセレモニーを心を込めて行うことは様々に心の変化をもたらします。

今は亡き大切な存在と一対一で向かいあう時間はそのまま、自分自身の内面、さらには人生の課題と対峙する瞬間でもあります。これからの自分を見つめ直す上でまたとない貴重なチャンスにもなった、とふりかえる方も少なくありません。

「これが供養になるかどうかはわからないけれど、せずにはいられないから祈る」「生きている時に十分してあげられなかったから、喜ぶことをしたい」

宗教的な儀式としての意味合いより、心の整理をする上でのセレモニーとして、故人の好きなものを供えたり、お花を生けたり、香を炊いたり、合唱したりなど、無理なくできることを行動してみましょう。

儀式としてお金や時間をかける必要はなく、心を落ち着かせるための手段として、自分にとっても故人にとっても心地よさや喜びにつながるような何かを行うことをお勧めしたいです。

支援者として何ができるか?

今回は記念日反応を和らげるための4つの対策をお伝えしました。どれほど深く深刻な悲嘆に打ちひしがれている方であっても、事前にしっかり準備することで不安をかなり軽減することができます。

これらの準備は死別による喪失悲嘆の当事者のみならず、支援者自身にも大切なな対策です。自分に戻るための心地よい環境、一緒にいるだけでも安心できる人、見ているだけでホッとできるものなどを日頃から用意しておくことは支援者自身のグリーフケア、セルフケアになります。

もしあなた自身の気持ちが強く揺れたり、動揺したり、悲嘆に沈みきってしまった際に、自分を取り戻すキッカケになってくれるものは何でしょうか?とくに思い当たるものがない方はぜひ、この機会にひとつは準備してもらいたいです。

まずは自分にとって、どんな時にも自分を取り戻す助けになってくれそうなものをノートに書き出してみましょう。好きな曲や小説の一節かも知れないし、具体的な食べ物飲み物という人もあるでしょう。ここに行けば元気になる!という場所かも知れないし、お気に入りの洋服、香り、マスコットやぬいぐるみだったりするかも知れません。

支援者自身が自分の心の揺れに対するセルフケア をしっかり確立していることが、どんな場合でも喪失悲嘆の当事者を力強く支える安定感につながります。

その上で記念日反応というものがどのようなもので、それについてどのような対策があるかをしっかりと相手に伝わるように誠実に伝えてください。どのような対処が有効であるか?以上に、どのように伝えるか?という私達の態度や在り方がより重要です。

そしてもし、一緒に過ごす相手や具体的な手段がまったく見出せない喪失悲嘆の当事者があるならば、できる範囲で記念日反応を軽減する支援の手を差し伸べてもらいたいです。

今どう過ごしているか、どんな気持ちでいるか?ちょっとしたメールやメッセージのやりとりが耐えきれない孤独を少しは和らげる効果があるかも知れません。もちろんそれが支えと感じてもらえるような事前の関係性の構築が必要になりますが、プラスワンの支援として、相手にとっての記念日が何であるかを知り、可能な範囲で寄り添う準備があることを伝え、必要とされた際には手を差し伸べてもらいたい。

「あの時のあの頃が、本当に辛かった」「後を追ってこの世から消えたいとすら思った」

そのように当事者としての「あの日」を語る場面に何度も出会ってきた立場から、どのような喪失悲嘆にも誰かしらが寄り添い心かけてくれる環境を実現していきたいと切に感じます。

<編集後記>

現在、日本グリーフ専門士協会では①グリーフケア入門講座②グリーフケアサロン体験をwebにて無料開催しております。それぞれの申し込みページからお気軽にご参加ください。

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前川 美幸(まえかわ みゆき)
日本グリーフ専門士協会理事。病棟看護師、介護支援専門員、訪問看護ステーションの立ち上げを経て、オンラインおよび対面でのグリーフケアサロン、個人カウンセリング、グループセッション、病院・介護施設研修に従事。日総研出版『達人ケアマネ』に2017年6月から1年間『ケアマネジャーが知っておきたい家族ケア・グリーフケア』の連載記事を担当。